TWO・「タイニー・ルーム事件」
ーー2036年の春、「
鉄火はホコリっぽい部屋の中、ソファにて睡眠中である。
あの戦いから鉄火は、鳶子を病院へ送り、事務所に帰りソファに倒れ込むと、そのまま夢の世界に出かけてしまったのだ。
しかし、そんな眠りもまた、昨日に引き続き邪魔されることになる。
ーーギーッガチャリ
今度彼を起こすのは扉の軋む音と、閉まる音だった。
まるで死にかけの猿が死ぬかのような音で、とても耳に悪い。
鉄火はとりあえずソファから身体を起こし、頭をボリボリかくと玄関を見た。
すると、見覚えのある美形の男の姿がそこにあった。
「おお、帰ったか
この「左門」と呼ばれる男こそ、約2ヶ月イタリアへ出張中だった「
年齢24歳、身長178cm。金髪ロング。
鉄火よりは冷静沈着。
トレンチコートの鉄火とは真逆で、紳士服である。
しかし、IQは鉄火に劣るらしい。
そして左門も、「
「イタリアは凄く綺麗だったよ。ヴェネチアにも行ったさ。逆ナンの嵐だよ。
君こそどうだい? 依頼者くらい1人は来たろう?」
左門の問いにギクッと見透かされたような気持ちを覚えるが、「まぁまぁさ。」とだけ返す。
実際の所、彼のいない2ヶ月の間、以来に来たのはたった3人だけである。
そんな鉄火を見て左門は、来る客がほぼ居ないのだと悟った。
「そんなことより、そこの公園の駐車場で人だかりができてたけど、もしかして鉄火かい?
この近くだし、野次馬な君が行かないのは不自然じゃないか。」
左門はスーツをコート掛けに掛けながら言った。
その問いにたいしても、苦笑いで「まぁまぁさ。」と誤魔化す。
そしてこれも予想通りなのか、「そうかい。ま、いいけどね。」と、流すような口振りで言うと少し微笑んだ。
左門が床のゴミを蹴り飛ばしながら進み、ソファに座る。
ボロボロのソファは左門の尻が着いた瞬間にギシギシと音を立てた。
「僕がいない間に買い換えるかなと思ったけど、君にそんなに発想はなかったか。
後で大掃除だぞ〜鉄火。」
そう言いながら左門がソファの周りにある、いつのかも分からない雑誌を片付けていると、
ーーピンポーン
と、またいつも聞くドアベルが事務所内を響き渡った。
2人は鳴ると同時にドアの方を向く。
左門が鉄火の顔を見ると、いかにも面倒くさそうな顔をしていたのが見えたので、仕方がなく左門がドアを開いた。
ドアを開くと、そこには背は低く、小太りで、見るからに「お金持ち」という事が伺えるくらいに金や宝石をみにつけた、ちょび髭の男が立っていた。
左門の顔を見て早々、低めの声で話す。
「
依頼をさせてもらいに来ました。」
なんとも上品な彼に左門は
「えぇ。構いませんよ。是非中でお話を聞かせてください。」
と幾斗と名乗る彼の背中を中へと押した。
左門は幾斗を例の如くボロボロのソファへ座らせると、低いテーブルを挟んだ対面の席へ座った。
鉄火は急いで暖かい煎茶を幾斗の前にカチャリと置くと、ササッと対面の席へ座った。
「では、どんなご要件なのでしょうか。新倉さん。」
置かれた煎茶を一口飲むと、幾斗はゆっくり話し始めた。
「実は先日。不可解なことが起こりましてね。
というのも、私は約120棟のアパートやビルの経営、オーナーを務めてましてね。その経営するアパートにその不可解なことが起きたのです。
この通りの近くにある、『
そこに建ててある私の管理するアパート「ハイホープス」の一室にて起こった不可解な出来事なんです。
このアパートの『143号室』がその一室です……。」
幾斗がひと区切りつけると、鉄火が問いかけた。
「主に、どう言った事が……?」
幾斗は煎茶を飲み干すと再び話し出す。
「……家具、それに住人がパッと消えてしまうのです。」
左門と鉄火の頭にはハテナが浮かんだ。
人がいつの間にか消える部屋というのだ。なんとも不思議である。
不思議そうな2人に向かって幾斗は写真を取り出し見せた。
そこにはキレイさっぱり何も無いフローリングと、綺麗な壁が広がっていた。
「1LDKでございます。駅に近いのでとても人気なのですが、毎回この部屋に住む人や家具が消えているのです。そのせいで顧客が離れていきそうでとてもとても……どうか、解決をお願いします……。」
俯き話す幾斗に、鉄火はグッと手を握った。
「任せてくださいよ! ここは割と評判のある探偵事務所ですよ? 絶対解決してみせます! 」
無駄に大きな声量に少し驚くが、幾斗は手を握り返し「お願いします……。」とだけ囁いた。
ーーー場所は変わり、「
この通りは主に、雑貨、家具、家電などの生活必需品などを売るお店が数多く鎮座している通りである。
その通りには、確かに「ハイホープス」と書かれている高そうな佇まいのアパートがあった。
3階建てで、例の部屋があるのは1階にあると事前に聞いている。
2人はその不可解なことが起こると言われた部屋の前に行くと、
そこには写真と同じく綺麗なホコリひとつない部屋が広がっている。
2人は調査のために中へ入り、ドアを静かに閉めた。
鉄火が周りを見渡すが、本当に何も無かった。
ただのフローリングである。
物がないというのはこれほどまでに広く感じるのかと痛感した。
「僕は風呂場の方を調査してくるよ。」
そう言うと左門はバスルームへと歩いていった。
ーー左門と別れてから2分ほどのこと。
鉄火は、見渡すうちにあるものを発見した。
壁に手を当てよく見ると、傷が真っ直ぐな斜線となって壁に引かれているのがわかった。
その線の先を見ると、フローリングの床に当たるまで引かれているようだった。
その線の高さは鉄火の腰より上あたり、台所と同じ高さである。
そして更によく見ると、その傷は結構所々の壁に引かれているようだった。
しかし、線のある高さはそれぞれの部屋で違っていた。
この傷が何か消えてしまうことに繋がるのか頭に手を当て考える。
しかし手がかりがまだ少なく、分かることはなかった。
更に手がかりを探そうと別の部屋に行こうとすると、1歩も進まぬうちに自分の2倍近くの高さがある傷が目に入った。
先程見たものとは比にならない深さで引かれてある。
「こんなのあったか……?ここまで大きいのは……」
……ここで鉄火の脳内にある嫌な考えが頭を巡った。
そしてそれを確かめようと後ろを振り向き、ドアを見ると、その考えは的中し、深く絶望した。
「ドアノブの高さが……高すぎる……!しかも、デカすぎる……!」
そう、大きい傷がある……のでは無く、自身が小さくなり、傷が大きく見えていただけだったのだ。
鉄火は自身の足元を見ると、この間にも体は小さくなっているのがわかった。
今の鉄火は、身長が「26cm」である。
「はっ! そうだ、左門ーーー!」
鉄火は叫んだ。しかし声は帰ってこなかった。
それもそのはず、小さくなった分声が届く距離も、大きさもそれに比例し小さくなっているのだ。
更には声は高くなり、超音波となって普通の人に聞こえることは無くなるのだ。
そしてこの「人が消える」現象も解決ができた。
「物が消えるんじゃなく……小さくなりまくってもはや肉眼では見えなくなってるってことかぁ!
斜めの線も、置かれていた物がどんどんその線に沿って小さくなって言ったという証拠!!」
鉄火は謎が分かると左門を探しに走り出した。
しかし小さい体では、どんだけ走ろうと、どんだけ進もうとほとんど光景は変わることがなかった。
ーー……どんどん小さくなる鉄火は、身長「3cm」に到達したと同時に急に震え出した。
「寒い……! そうか……聞いたことがある……。
人は体の体積が小さくなると、それに比例し体温が逃げる速さも加速するって聞いたことがあるぞ……!」
鉄火は凍えながらも冷静さを保ち、脚に力を入れ立っていた。
そして右拳を高く上げる。
「
そう叫ぶと、上げた拳を地面にうちつける。
ーーパキィイイン!
力も小さくなり威力はほぼ無くなってしまったが、鉄火は床をぶち抜くために殴ったのではなく、大きな衝撃を生み出すために殴ったのだ。
力が小さくなったと言えども、その音はコインを落とした時の音の如く部屋に響き渡り、そこから生まれた衝撃波に鉄火自身は吹き飛ばされ、高く宙を舞った。
小さくなったことにより空気抵抗が減少したため、凄まじい速さで上昇する。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
今度は空中で両拳を高くあげると、急降下した。
地面に激突するという直前で、鉄火は残像が残るほどの速さで、両拳を地面に打ち付ける。
ーーボゴォオオ!!……グオオオオオオン……
打ち付けたその衝撃は、床下の下水道パイプを揺るがしながら走ってゆく。
走った末、バスルームのシャワーヘッドを破壊し、そこから大量の水が洪水の如く噴出された。
ーーバッシャァァァア!
そしてそのシャワールームには、運悪く左門が小さくなる謎を解き明かそうとしていた最中であった。
シャワーヘッドから鳴る轟音を聞くと、「ん?」と、何が起こってるのか分からない様子で、上から振る何かを目の当たりにした。
「……なんだぁ?あれ水か……?」
そしてその轟音を立てながら流れてくる洪水を見た身長「1mm」の左門は驚愕した。
「あいつ……本当に何をやってんだ……! あのバカ!」
左門はとっさの判断で洗浄用スポンジの上に飛び乗り、波に乗ってそのままバスルームを出た。
そして勢いよく出た水は、左門とスポンジを運びながら鉄火の方へと流れていく。
ーーバシャーンバシャーン……
「……ゥァァァアア! 鉄火ァァァ! お前ぇぇぇぇ!」
左門の叫びがようやく波の音と共に鉄火の耳に入った。
「おぉ! 左門! このままこの部屋出るぞ!」
そう叫ぶと鉄火は、左門の乗るスポンジに飛び乗ると、スポンジに掴まり左門を抱えた。
「おまっ……何をするんだ!」
そんな左門の言葉を無視し、「
そして左門を抱えたまま、スポンジからドアノブに向かって跳躍する。
ーーバゴォン!
紙飛行機のように空を飛ぶ2人の体は、極小の体で鍵穴を抜けると、瞬時に元の大きさへ戻った。
戻ったや否や、鉄火が左門の肩を掴みながら言う。
「どうにか戻ることができたな……左門、次は原因調べだぜ……。」
左門は、息切れしながら「お前は許さねぇ……」とカスカスの声をやっとの思いで絞り出し、2ヶ月ぶりの鉄火に対するイライラが込み上げてきた。
一息つくと、鉄火は大きく伸びをして話を続けた。
「これは確実に『
『部屋に入った物を縮小する能力』……。
肉眼で見えなくなると言うあたり、際限なく小さくなるだろう。」
それを聞き左門も大きく伸びをし話し始めた。
「いや、探すまでもない……どうやらあちらの方からお出迎えのようだぞ。
隠れてないで出てくるがいい。自分の能力に何かしらのトラブルがあっては、来ざるおえないだろう?」
その左門の声に反応したのか、アパートの影からぬっとスーツ姿のスラッとした、見るからに若い男が現れた。
その男は、現れて早々に鉄火の方を睨みつける。
「貴様のせいで俺の能力は無駄になったな……。
能力も見破られた……。貴様の話したとおり、入ったものをどこまでも小さくする空間を作り出す能力……。
それが俺の『
その男は喋り終わると、両手を2人に向ける。
それを見てなにか来ると悟り、2人も構える。
「だが、まだ終わったわけじゃない……!
『
空間は俺にしか見ることは出来ん!!」
その男が両掌から今作り出した空間は、男が言うように2人の目には見えない。
しかし、2人に近づくにつれて、男と2人の間にある草や木がどんどん縮んでゆく。
縮んでゆく空間が近づいていると悟った左門は、自分のポケットから1つのパチンコ玉を取り出した。
そしてそれを右手の人差し指と親指でつまむと、パチンコ玉を男に向ける。
「溜まってるぜ……力が……。」
それを聞くと、鉄火は構えることをやめた。
それは、左門が能力を使おうとしているからである。
自分の居場所によっては、流れ弾を食らうのだ。
そして縮小する空間がパチンコ玉に触れるかどうかというところで、左門は指を同時に離した。
ーーバシュィーン!
すると、そのパチンコ玉は真っ直ぐ男に向かって、銃弾のごとく放たれた。
縮小するよりも速いので、大きさはほとんど変わらぬまま進んで行く。
離したあとの指は、よくある「指鉄砲」の形になっていた。
また、能力の反動で、撃った右手は頭の上まで上がっていた。
「喰らえ……『
その放たれたパチンコ玉は、ドカンと見事に男の喉元に打ち込まれ、男は後方に倒れ込んだ。
その倒れ込んだ男に向かって左門は言い聞かせるように説明した。
「俺の能力……『
放つ威力は、触れている時間が長ければ長いほど強く、速く、遠くに届くようになる。
過度に重いものはあまり得意じゃないが、5キロダンベルや、コンクリートの壁程度なら長めに触れていることで放つことが出来るかもな。
放つトリガーは人差し指を離すことだ。
お前を生かせる程度の威力にしてやったんだ。
感謝しろ。」
男がドサァと倒れると、鉄火はすぐに駆け寄り胸ぐらを掴む。
そして息が小さいその男の耳に怒鳴った。
鉄火は少々キレっぽく、昨日といい今日といい、面倒事に見舞われてイラついているのだ。
「言え!お前の名前!! あとなんでこんなことしたのか!! 嘘ついたら今度は殺すぞ!!」
セリフがなんとも探偵なしからぬが、男は小さな声で答えた。
「……名前は……『
もう分かった……。観念したよ……。
俺はあの新倉とはライバル関係にあり、あいつのマンションやアパートを私の力で荒らせば、顧客からの信頼もガタ落ちになり私に得があると考えて……。
やってしまいました……。
こんな状態じゃ逃げられません……。
自首……します。」
鉄火と左門は、なんとも呆気なくやられた勇に対して、可哀想だなと言う念しか残らなかった。
2人に囲まれた仰向けの勇が目を瞑り、「解除……。」と呟くと例の部屋から大きな音がした。
2人がその部屋の方を見ると、開けっ放しだったドアから大量の家具が飛び出しているのが見えた。
左門は驚き、鉄火は唖然として口から思っていることが漏れた。
「小さくなった物が元に戻ったのか……。死体も、あるんだろうな……。」
春の夕暮れ、汚い部屋も綺麗に紅く彩られていた。
ーー数分後、勇は汚れたスーツ姿のまま、通報に駆けつけた警察によって身柄を確保された。
2人とも、依頼者の新倉からは、感謝の言葉と、謝礼金として101万円を手渡しされることとなる。
「なんで1万多くつけたんです?100のほうがキリいいのに。」
鉄火がそう聞くと。新倉は答えた。
「101匹のワンコが出てくる映画、あれ好きなんですよ。」
そう答えると、新倉は、笑顔でその場を後にした。
2人はその謎の答えに、
(これ次の依頼かなにかか?)
と思わざる終えなかった。
ーー依頼を終え、2人はある場所に向かった。
得夢通りにある霊園、「
亡くなったペットも対応してくれる珍しい霊園である。
なぜ2人がそんなところに来るのかと言うと、霊園の奥にあるとても華やかで大きなお墓に用があってきたのだ。
そのお墓には達筆で
「
と書かれていた。
この名前の主は、左門の弟にあたる人物であり、今年で3回忌なのだ。
左門は毎年この時期になるとこの霊園へ訪ね、オレンジ色の花を供える。
この大きな墓石の費用や豪華にするための費用も、左門が払い続けている。
いつも通り左門は花を供え、墓石を拭き洗いすると、一礼をしてその場を後にする。
「今年もあいつは元気そうだったよ。」
左門はそう言いながら、鉄火と肩を組んで歩いて行く。
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