新人類探偵

ハザマ

ONE・「ガサツな探偵」

 時は2036年の日本……

 そう遠くない未来、世界は今とは余り代わり映えはなく、飛脚的に進歩した技術というのもそこまでない。

 そんな世界の日本、S県の「倉甲地町くらこうじちょう」にある、様々な店が並ぶ大きな通り、「平家通りべいかどおり」にて、1人の探偵が建てた事務所があった。

 その事務所は他の建物とは違い、なかなかにボロボロで、ドアはギーギー軋む。

 そして扉の上に大きく掲げられひび割れた看板には「オムニバス探偵事務所」と、ゴシック体で記されている。


 その事務所の中は大雑把に散らかされた本と、ホコリの被ったシーツで覆われているソファ、そして机に足を乗っけたまま寝ている男がいた。

 男の脚と革靴の乗ったその机には、古いコンピュータ、重ねられた数冊の分厚い漫画本。

 それに「事務所長 真黒 鉄火まくろ てっか」と書かれた、ネームペンで手書きしたであろう紙製の名刺が置かれていた。


「真黒 鉄火」……それはこのだらしなく寝ている男の名である。

 年齢は26。身長は172cm。

 探偵事務所をやっているだけに優れた洞察力、素晴らしい正義感、凄まじい記憶力…という評判があり、

 更にちょっとした「秘密の力」がある。

 しかし、こうもいい評判の裏には超映画オタクでしかもナマケモノで、そしてナルシストと少し扱いずらいものも揃ってしまった男である。


 この男の事務所はなかなか依頼がこない。しかしそれは「普通の依頼」に限った話である。ここに来る依頼はそう、「不可解な依頼」のみだからだ。

 この物語は、そんな不可解な依頼に挑む探偵「達」の物語である。



 ……午後の12時、鉄火がだらしなくスヤスヤと寝ている頃である。



 ーーピンポーン



 と、ドアベルが鳴った。その単調で貧乏臭い機械音は、ピシッと鉄火を叩き起した。


「ンンン〜くぁ〜……」


 ドアベルに昼寝の邪魔をされた鉄火は、ググッと伸びをすると、ゆっくり体を起こし顔に乗っかっている雑誌をどけ、椅子の背もたれに掛かっているトレンチコートを羽織った。

 机から足を下ろし、だらりとした1歩を踏み始めると、それからは玄関に向かって歩むのだ。

 だらしない彼は床に散らばるゴミを足で掻き分けて進む。


 鉄火は鉄製のドアの前に立ち、手元にある金色のドアノブを捻り、ギーギー軋ませながら外に向かって開いた。

 ドアを開いたあとの絞り出た第一声は、

「ふぁ……どちら様……。」だった。

 なんともだらしなく、やる気のない声で。

 そして鉄火は前のほぼ見えていない目で考える。

(どうせ宅急便さ…この間注文したエロDVDさ…。)

 しかし、鉄火のこんなくだらない予想は裏切られた。


 鉄火が眠い目を擦り、パチリと瞼を開くと、彼の前にはなんとも美人なロングヘアーの女性が凛々しく立っていたのだ。

 黄色いマフラーがトレードマークで、身長は160代。年齢も20代くらいで、雫のようなみずみずしさを持っているヤマトナデシコな感じの美女である。


 鉄火は

(めっちゃ美人んーー! )

 と思いながら眼の中ハートになっていた。


 そんな美人を前にするとすぐさまその場で、もじゃもじゃのタワシのような髪を整え、その小さな彼女の背中を押し事務所の中へ案内をした。

 彼女を事務所の真ん中にあるガタガタなソファへ座らせると、自分の散乱した机からコーヒーマシンを持ち上げ、その中に入っている冷たいコーヒーをティーカップへ中身を注ぐ。

 そして入れ終わるとソファの前にある低い机にカチャリと置いた。


 鉄火は、彼女の座るソファの対面に位置する鉄パイプ椅子に座ると、陽気に口を開いた。

 久々の客だ。それも無理はない。


「いやぁすみませんね散らかってて…いつもは相方に掃除を頼んでるんですが、あいにくイタリアへ出張中でしてねぇ…私は事務所長やってます、『真黒』と言うものです…お名前と要件、聞いてもいいですか?」


 鉄火の問に対し、目の前の美女はコーヒーを一口飲むと、ぺこりとお辞儀をし、少し間を開けてから話す。

 その声は見た目通りの綺麗な声だった。


「私は『赤羽 鳶子あかばね とびこ』…銀行に務めてます。この事務所は『不可解で、不思議な依頼』が集まる探偵事務所……なんですよね……。」


 いかにも深刻そうな顔で話す彼女、鳶子を見て鉄火は打って変わって真面目な顔にスっと変える。

 そしてさっきとは声色を変え、「続けてください。」と鳶子の問に返した。

 その返しに恐ろしいものを見てきたかのような口振りで目の前の女性は喋る。


「ここ最近、誰かに『ストーキング』されてるような気がするのです。暗い夜道や仕事帰り、後ろから誰かにつけられているような「気配」がするんです……。

 でも、振り返っても誰もいなくて。怖くて怖くて我慢の限界になり、ちまたで噂のここに相談しに来たのです。」


 話を聞くと、深刻そうな顔にしては意外と普通の相談で、鉄火は拍子抜けした。

(なら普通の探偵でいいじゃんか。)

 そんな想いはつい顔に出てしまったようで、彼女は、はァーーっとため息をつくと話を続ける。

 どうやら予想通りの反応をされたらしい。


「あの、結構どうでもいいってお思いでしょうが、1回だけでいいので……ボディーガード兼捜査を依頼したいのです。それで何も分からなければ他を当たりますから。」


 鳶子がそう言うと、鉄火は冷たいコーヒーをゴクリと飲み干すと、呆れた顔をまた真面目な顔に戻した。

 そしてティーカップを机にカチャリと置く。


「何も仕事を受けないとは言ってませんよ。依頼されたことは100%お受けします。今日からあなたに付き添い捜査します。お代は「この仕事」が終わってからで結構です。」


 こうもかっこよく、真面目そうな雰囲気だが、本心は久々に来た客を逃したくないだけなのである。

 実際は金なのである。そしてナルシストな彼の心の中は、

(キャーっ! 俺ってやっぱりかっけぇ〜! こーゆー依頼も引き受けちゃうとか! 美しい心持ってんねー! )

 という金と慢心だけなのだ。


 そんなことを考えながら、鉄火はキリッとカッコつけて椅子から起立すると、赤いニット帽をボサボサの髪を隠すように被り、床にぶちまけてあるゴミを蹴り飛ばしながら出入口へと向かって進んだ。

 ドアの前で立ち止まると、自分の頬をペチンと叩き、数秒フゥ〜っと息を吐く。

 これは毎朝の彼が何かをする時のルーティンのようなものである。



「さぁ、久々に探偵タイム……かな。」


 そう言うと鉄火は扉を開き外へと駆けて出たとおもいきや、振り返り事務所内を見渡したあと、鳶子の目を見た。


「ちょうど行きつけの店があるんで、そこで作戦会議しましょうか!」


 そう言って鳶子を連れ出したと思ったら、行先はすぐ隣り、事務所から数歩右にあるカフェだった。

 何処にでもありそうな普通のカフェ。洒落っ気のある看板には


「Cafe・コーヒー&シガレット」


 とこれまたお洒落に表記されている。


 店内へ入ると、2人のすぐ目の前にオレンジ色のカウンター席が見える。

 そのカウンター席の椅子に2人が腰掛けると、奥から白髪の老人がテクテクと出てくる。

 そして優しくかすれた口調で「いらっしゃい。」と2人に向かって言った。

 鳶子はその男の目を見て少し痛々しい感情がつい出てしまった。


 彼の目には黒目がなかったからだ。

 そんな彼女を察したのか、隣に座っている鉄火は彼女に優しく教える。


「この爺さんはな、俺の親……というか俺を養子で引き取ってくれた恩人なんだ。

真黒 烏夫まくろ くろお」って名前さ。優しい人なんだ。

 ただ、数年前に白内障でね。視力がほぼ無いんだよ……。」


 少ししゅんとする鉄火に鳶子は「そうなんですね」としか言えなくなった。

 その声色を聞いていたのか烏夫はまるで見えているかのように、笑顔で口を開いた。


「声と空気で分かった。鉄火だねぇ。女の子連れて。やっと依頼者が来たのかい? ハッハッハ!

 そう、ワシは目が見えん。数年前からな……。

 鉄火はまだ見えていた、20年前に引き取った……。

 昔からこいつはほんとに……」


 鉄火は何かを悟ったのか、急いで話を遮り、慌ててコーヒーを烏夫に2つ頼んだ。

 長年一緒に居るから知っていた。

 烏夫はお喋りが好きで、よく余計なことを話すという癖があるのを、鉄火は知っていたのだ。


 数分後、コーヒーが目の前に置かれると、その暖かいそれを一口の飲み、鉄火は本題に入る。


「話を戻そうか。何時なんじぐらいからなんだ?

 よくストーキングされるのは。」


 鉄火の問に鳶子は「大体5時頃です。」と、答えた。

 その答えを聞くと鉄火はまた質問をした。


「結構頻繁に?」


 その問いには「はい。」と一言だけ答えた。

 以上の答えを聞くと、鉄火はブツブツ何かを唱えるよに喋ったかと思えば、鳶子に向かって


「5時まで待ちましょう。行動はそれから。それと、後ろ、向かないでください。」


 何かオーラが違うような気がしながら、鳶子は「は、はい」とぎこちなく返事をした。

 その後は、コーヒーを置くカチャカチャとした音とともに時間は過ぎ去って行った。



 ーー時間は進み午後5時ごろ、今の季節は春なので、この時間でもまだ暖かい。

 平家通りは桜が散っては舞い、とてもいい眺めである。

 鉄火は、あくびをした後に、鳶子の目を見て話す。


「……先程話したとおり、貴方とは少し離れて私は歩きます。そして決して後ろを見てはなりません。ストーカーに悟られないためです……。それじゃあ、行きましょうか。」


 鳶子は静かに頷くと、通りを歩きはじめた。その5m後ろの方に、鉄火は居る。

 鳶子は鉄火に言われた通り後ろを見ず、スタスタと歩く。鉄火もその歩行に合わせて、移動を開始する。

 桜が舞う中、たんたんと歩くだけで時間は経過していく……。


 桜並木を歩き……お洒落な店の前を歩き……たんたんと歩く……。


 しかし、2人が歩き始めてから15分が経過した頃、その時は来た。

 鳶子が、平家通りの近くにある公園のど真ん中で、急に立ち止まった。

 すぐさま異変に気づき、鉄火は声をかけた。


「大丈夫ですか〜? まだストーカーは見つかりませんけど〜? 」


 しかしその心配の声は流され、ただ、鳶子の背中は震えた。

 この状況が異常だということは鉄火にもわかった。

 険しい表情のまま鉄火は、鳶子に駆け寄り、そして彼女の白い手をつかもうとした瞬間、



 ーーズボンッ!


 この音がした瞬間、鉄火は彼女をちゃんと見ていた。


「なっ! なんだ! 水に落ちるかのように沈んだぞ! どこだ! 」


 その出来事に鉄火は驚いた。人が地面へ沈んだとなればそれは驚くだろう。

 沈みゆく彼女をつかもうと手を伸ばすが、一手遅れをとり、完全に沈んでしまった。

 唖然とした鉄火は、彼女が沈んだ場所を覗き込むように見るが、そこには公園の滑り台の影が伸びているだけ。

 その影を触ってみても、普通の地面の感触と何ら変わらなかった。

 ……ただの砂と小石の感触だけだった。


「一体どこへ…目を離さなかったはずだぞ!」


 キョロキョロと辺りを見回すが、公園の遊具や自販機しか視界に入るものはなかった。

 本当にいきなり人が沈み消えたのだ。



 数分の探索の末、何も手がかりが無く、鉄火が公園の別の場所を探索するため、その場を去ろうとした瞬間、急にザクっと背中に激痛が走る。

 その痛みはナイフを刺されたような痛みだった。鉄火は声も出るまもなく、その場に倒れ込んだ。


「なんだ! クソっ! 」


 それしか言う言葉がないほど急だった。

 予期せぬ痛みというのは答えるもので、鉄火もつい涙が零れてしまった。


 ーードゴォ!


 更に、その場に倒れうつ伏せになった鉄火の顎に、アッパーをぶち込まれたような痛みが走った。

 今度のも体が浮くぐらいにダメージが入った。


「がはぁっ! 地面からだって!? 」


 顎をさすると、地面を履いながら鉄火は、自分の後方を見た。しかしそこには、当たり前のように自分の影が伸びているだけの、ただの公園の地面しか見えない。


 しかし、その何も無い影を見て鉄火は突然閃いた。


「影…か……。地面……ストーキング……。これは…何らかの『進化した者ニューエイジ』の仕業…。」


 そう鉄火が呟くと、今度は4mほど右側にある木の影からナイフがこちらに向かってまっすぐ放たれるが、これは間一髪で地面を蹴り、避けることに成功した。


「これは俺のカンが当たったってことだな…。相手は何らかの能力で影に潜むことができるらしい。」


 するとまた同じ木の影からキラリと光るのが見えた。

 またナイフだろうと鉄火は構えるが、今度飛んでくるのは全く違うものだった。

 大きな黒い影がこちらに突進してくる。パッと見ではただの黒い球にしか見えなかった。



 ーーゴボォ!



 しかしよく見ればそれは、黒いマリンスーツを着た男が走ってくるでは無いか。

 さらに片手には先程投げたものと同じナイフが握られている。

 鉄火は腕をクロスし防御をするが、その男は鉄火の影に向かって、プールへ飛び込むようにダイブをする。

 そして影はまるで水のように波紋を起こし、その男を沈める。

 鉄火の腕にはいつの間にか大きく切り傷が残されているが、素早くダイブと同時に切りつけたのだろう。


 男が沈むと、血の流れるその傷を抑えながら、鉄火の内心はいかっていた。

 それは久々に来た依頼者を拉致し、更にはこちらを攻撃してくるその男に対する怒りだった。


 そして鉄火は決心を固める。


「ただ一方的に攻撃とは……許せん。俺も使うしかないか……『能力』を……!!!」


 鉄火は腕を下ろし、肩幅に足を開くと、静かな呼吸とともに両手に拳をつくった。

 すると鉄火の両腕両脚は、少し金色に輝くように見えた。


 鉄火は能力を使える「進化した者ニューエイジ」だ……しかし、あえて使わない生活をしていた。

 それは能力に頼りきりではいけないと、心に決めていたからである。

 しかし今、姑息に戦い、依頼者を拉致し、学校のいじめっ子か如くの所業に腹がたち、能力を解放する決意ができたのだ。



 ーー次にマリンスーツの男が頭を出したのは少し離れたブランコの影だった。

 影から手を出し、地面に置くと、息を整える。


「この女…あの探偵を雇ってたか……。俺の能力……『マン・イン・ブラック』にあんな早く気づくなんて見くびってたな……あの探偵。だがな。次は決める。ここでやられる訳には行かない…。」


 そう呟くとその男はまた影へと潜って行った。



 ーー鉄火は深呼吸をした後、ボクサーの様に拳を構えると、一呼吸置いて叫ぶ。


「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」


 すると、その構えた拳から肩までが金色に、順々と発光しだした。

 そして肩までが発行すると、今度両脚全体が発光しだし、ついには鉄火の四肢が金色に輝くことになった。


「なんなんだ……あれは!」


 マリンスーツの男も、影から頭を出してはそう呟く他なかった。

 しかし、男も負けじと高速で突っ込んでくる。鉄火が何をしてこようが関係ないぐらいの速さで、まさに猪突猛進である。



 ダダダダダッーー!



 スーツの男はついに鉄火の目の前まで接近した。

 そして、勢いを殺さず、フルスイングの右フックを喰らわせようとする。


「お前が何しようが関係ない! このまま殴り抜けるぞーー!!!」



 しかし、その行動は一瞬で無意味となった。


 何を考える隙もなく、まさに「光速」で、鉄火の金色に光った右ストレートが、男の顔に見事にヒットした。そして異常なまでに威力が凄まじく、陥没してるのかと言うくらい、めり込んでいる。


 男は一瞬の一撃で足がよろけるが、その足を鉄火は逃げることもできないように踏み、固定する。

 そして意識が朦朧としている男の頬に向かって、左フックをこれまた高威力で、光速で放つ。

 そのフックがヒットすると、男は後方へ吹き飛び、ちょうどカラフルなジャングルジムに激突した。


 あんな威力のものをくらい、高速で後方へ飛ぶものだから、ジャングルジムも男の吹き飛んだ場所だけへし折れている。

 ここで男は意識を取り戻した。


(なんなんだあの能力は……! こちらも本気を出さなければやられるぞ!!)


 男は再び地面の影へ潜ると、速攻で鉄火の足元へと移動した。

 そしてグッと鉄火の両足を掴む。


「喰らえ! 『影取りの沼シャドウ・スワンプ』!!」


「なんだ!! うぉ!」


 男はそのまま鉄火を引きずり込み、いつの間にか鉄火の腰から下は地面へと埋まってしまっていた。

 影の中で鉄火の足を放すと、地面へと浮上し、鉄火の前で得意げに現れた。


「これで身動きは取れまい。 ここから俺のラッシュだ……冥土の土産に教えてやる。

 俺の名前は『泡日・包あわび・つつむ』……。

 シュノーケリングを生業としてる……。

 なぜこの赤羽という女を追っていたか話そう。」



「それは……私の『初恋』だからだ!」



 その言葉に鉄火も「は?」と呆れたような顔で声が盛れる。

 包の話は続く。


「まぁ皆まで聞くがいい。この女は私の一目惚れ、初恋相手なのだ……。

 しかし接点のない私に対し、振り向いてもらえるはずがない。

 そこで、生まれながらの能力を用いてストーキングをし、気を引こうと思ったのだが、これがなかなか上手くいかなくてね。

 私はさらに考えた。そして出た答えが、『拉致』という答えだった。

 さらってしまえば私のものだと考えたのだ。」


 鉄火は話を聞いて憤怒した。そして怒号した。


「おまえ! そんな理由で、生まれ持ったその能力を使ったというのか!? 呆れるぞ! 早く依頼者、赤羽さんを解放しろ!」


 その怒号に包は首を横に振る。


「嫌だねぇ。勝手に呆れてくれ。この女は俺のもんだ。

 あ、そうだ。俺の能力ぐらい答え合わせしてやるよ。」


 そう言うと包は地面の影へとまた潜り、顔だけをだし、こちらを見る。


「俺の能力は『マン・イン・ブラック』……能力は『影を潜り泳ぐ能力。』……全身潜れば今いる影から一番近い影まで瞬間移動できる……。

 そして俺が触れたものならなんでも沈めることが出来、放せば埋め込まれる……。

 安心しな。あの女は別の場所さ。」


 包は話終えると、影から這い上がる。

 そして立ち上がると、ナイフを腰から1本取りだした。


「まぁ、お前は女の場所も知らずに死ぬんだがな。


 ……バイバイ。」


 包は鉄火に向けてナイフを投げる。

 その軌道は完璧に眉間に向かって真っ直ぐだった。



 ーーしかし、そんな至近距離からのナイフを、鉄火の右腕は素早く掴んで止めた。

 そして止めたナイフの刃を親指でひん曲げてへし折り、後ろへ放り投げた。


「俺の能力も教えてやるよアワビくん。

 俺の能力は……



 ……『無敵インビンシブル』さ……。



 自身の四肢またはそのうちの何処かを、無敵にする。

 その箇所は一切のダメージを受けず、更にはスーパースピードと怪力を得る……

 ゲームの無敵アイテムってあるだろ……あれみてーなもんよ。


 じゃぁ、せーのっ! 」



 ーードゴォン!



 鉄火は地面に向かって左拳を殴りつけると、瓦礫にまじり一瞬にして包の背後をとった。

 そして目にも止まらぬ速さで包の腰からナイフを残り7本全て取り出すと、近くにある街灯に向けて1本を投げた。

 投げたナイフは見事に街灯にヒットし、衝撃によって他のものよりも早く点灯した。

 その光は、2人を上から照らし続ける。


「これで影はないな……真上から照らされると、影は真下にしか出来なくなる。……つまり横に伸びることがなくなり、お前は無力だ。

 さぁ、彼女は何処だ。」


 鉄火は問う。しかし包は答えることは無かった。

 むしろ拳を握り、臨戦態勢に入っていた。

 能力の特性が使えなくなる以上、有利が取れないからだ。

 自分の影を使うことは出来ない。なぜなら、自分が消えれば影はなくなり、自分が地面に埋め込まれてしまうからだ。

 それは、鉄火も分かっている。


「さぁ、何処なんだ……言えば警察に通報だけですま……」


「チクショオオオオオオ! 知るかよぉおおお!!」


 包は鉄火の言葉を遮り右のボディブローを放つ。


 ーーガドッ!


 しかしその攻撃は瞬時に鉄火の左手でガードされ、右のカウンターストレートを喰らうことになる。


「がはぁぁぁ!」


 そしてよろけた包に、膝蹴りを喰らわして血反吐を吐かせ、右拳を後ろへ引き、左拳を肩の高さまで上げて肘を伸ばす。

 まるで空手の突きのような構え。


「さぁ、居場所を言えば攻撃を止める。今のうちだぞ。」


 その言葉に限界なのか今度は包も応じ、

「こ、公園の近くの駐車場……。」

 とだけ掠れた声を絞り出した。

 しかし鉄火の構えはそのままである。


「ほぉ。ありがとうさん。

 だけどね、やった事のケツは拭いてもらわないと。

 依頼は、「完遂」しなきゃね! 」


 鉄火の右拳はどんどん光り輝き、街灯の明るさが乏しく見えるほどに眩しくなっていた。

「そ、そんなぁ」という包の呟きを無視するかのように、鉄火は叫んだ。




「これが償(つぐな)いだァァ!! 『無敵の一撃てきなしのいちげき』ぃぃぃぃ!!!!!」



 素早く放たれる右の突きは、包の胸にめり込み、肋を全て粉々にする。

 その後には心臓を真っ直ぐ突き、包はまたも後方へ吹っ飛んで行った。

 その飛んで行った先は、先程彼女の居場所として出た駐車場である。

 包はそのまま真っ直ぐ飛んでいき、1台の赤い車にぶつかると大きく車は横転し、その下には鳶子が気絶し倒れていた。


 鉄火は彼女の元へ駆け寄った。

 駆け寄ると、何度も名前を呼びかける。


「赤羽さん! 赤羽さん! おきてください! 依頼達成です! 」


 しかし、声を返すだけでなく、目を開けることすらもなかった。

 それから必死に声をかけ、揺さぶった。

 しかし結果は同じだった。

 鳶子は死んだのだ……



 ……と、思ったが、鉄火が首の脈に、指を当てると、ちゃんと生きていた。


「これは…死んだように眠ってるってやつか?? 」


 鉄火は大きなため息をつくと、眠った彼女を背負い、立ち上がった。

 鉄火は公園よ時計が、9時を指しているのがみえた。

 そして「荷物が増えたな。」とだけ呟き、その場を後にするのだった。

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