第4話 女神のミイラとイジーチの死因

 カラカラに乾いた女神様のご遺体をなんとかしたいんだが、手で地面を掻いても掘れない。ご遺体の向きを変えようとしても俺の手が通り抜けてしまって触れられない。あれかねー、これ、俺が走馬灯の代わりに見てる幻覚かねー。俺の脳内妄想小説のとおりに女神様のご遺体があるってのも変な話だよねー。


 死んだ自覚はあるんだ。拉致られて大規模スーパーの立体駐車場に連れていかれて、元兄弟子と睨み合っていると後頭部に衝撃と熱が来て、そのまま死んだ。死んだ途端に視点が俯瞰になったので見ていると、ものすごく小さいおっさん(140センチあるかないかくらい)が消音装置付きの拳銃を握っているのが見えた。


 じゃあなんで殺されたかというと、元兄弟子たちが幕下の取り組みを利用した賭博に絡んでいるのを検察側の証人として証言したからだ。元兄弟子のうちの一人は勘当された親方の息子だったりした。部屋や協会からの圧力を避けるために都内のホテルで保護されている間に除名されていた。まあ、それは分かっていたけど。万年序二段のちゃんこ番が一人消えたところで誰も気づきもしない。強さこそが全ての世界なんだから、それは当たり前だし納得していた。しかし全部暴露されてから殺しても意味ないんじゃね?と思っているうちに、視点はどんどん高度を増して天国らしきところに着く。


 実は俺は除名されたことにも殺されたことにも怒っていない。本当に腹が立ったのはここからだ。


 気づけば俺はでっかい光の玉の前に立たされていた。で、何かを考える間も無く声が響く。

「転生か、消滅か」

 は?

 また声が響く。

「転生か、消滅か」

 訳がわからん。返事のしようもない。

 


「転生を望むか、消滅を望むか」

 あー、なるほど、そういうことね。やっと分かった。説明なさすぎだろ!

 生まれ変わっても特に期待はできないなー。

 俺を引き取りに来た役所の職員さんを本気で人買いだと思って、代金を請求するような親のところにまた生まれたら、泣くに泣けないよなー。

「消滅でお願いします」



「転生か、消滅か」

 は?この光の玉は壊れてんのか?それとも俺の念話能力的なものが著しく低いのか?

「消滅でお願いします」

「転生か、消滅か」

 なるほど。そうですか。ユーザーの自由意志を尊重していますよ的なポーズをとりつつ、選択肢は「はい」と「YES」しかないような、そんな仕組みですか。自由主義社会と言いつつ、ジリ貧の袋小路に進むしかない「選択の自由」でやんすね!

 そうなれば俺にできることは一つだけである。



「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」



 もう互いに自動音声によるやり取りである。俺も返事はするものの無心の境地である。現役時代にこれに到達できていたら、もっと番付を上げられたかもしれない。



「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「転生か、消滅か」

「消滅でお願いします。」

「チッ」

 は?

 お前今舌打ちしたな、おい。

 選択できない選択肢を用意したのはそっちだろうが!



 そんな風に突っかかる間も無く、今度は自由落下が始まった。

 でも青い空も白い雲も見えない。真っ白なエレベーターシャフトを落ちていく感じ。その落下の途中で一瞬見えたのが、かつてラノベサイトに投稿するつもりで妄想していた物語のワンシーン。天界の花畑に放置された女神様のご遺体である。



 彼女はこの世界の主神で太陽神のソレイユ。地上のものたちから祈りを受け取ることができなくなって餓死した。

 神から地上のものたちへの約束事として「十分の一の約束」というのがある。十分の一税ではない。あれは宗教団体が金集めのために捏造した仕組みだ。

 地上のものたちが家族や隣人の安寧を祈る。主神が代表して祈りを受け取り、十分の九は世界の形を保つためのエネルギーとして利用され、残った十分の一を神々が食べ物としていただく。これが「十分の一の約束」。


 地上から送られる祈りの十分の一がさらに細かく分割されて主神から分配される。そんな量では食い足りないと考える木っ端神や天使たちは「堕天」して地上で好き放題やり始める。その極め付けが偽りの神の誕生である。こうして主神ソレイユに祈りは届かなくなり、ついには餓死した。



 そんな自分の妄想小説どおりの場所を見つけた俺が「これって死ぬ瞬間の走馬灯的ななにかじゃね?」と思うのは仕方ないと思う。どうしたもかんなーと女神様のご遺体の側で正座していると、またまた自動音声チックな声が聞こえてきた。



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