#16 海里の日常です!

「…ん、」



好きな曲がスマホから流れ、海里の脳を覚醒させる。自分は花鈴と同じく

{flowerアレジメント}が好きで月のファンでもあるが、最推しは二期生の

「くるふく」こと「車福ハピ」だ。二期生唯一の3Dモデル持ちで、曲はハピ自身が

作詞作曲しており、その歌は前向きで、聞いていると、勇気が溢れ出してくる。

正に“希望”を与えてくれるような歌声と歌詞に海里も朝からやる気をつけさせて

もらっている。


「…あふ、制服制服……。」


ベッドでモゾモゾしながら、海里は手探りで制服を探す。そして見つけるとダルそうに

起き上がり、着替え始めた。専門学校の制服は紺色のブレザーに白のワイシャツ、

そしてグレーのスカートだ。


「んぇ、ねっむ…。」


そう言いながら海里はベッドの傍に置いてある手鏡を見ながら髪をしばる。目と

お揃いの黒い髪の毛をポニーテールにし、白い靴下を伸ばして履いて、自室から

出た。花鈴の家は少し裕福のため納戸があったりリビングが広かったりするが、

あいにく自分の家はそこまで裕福じゃない。自室は引っ越し時の荷物が置きっぱで、

ドアを開ければ少し狭いリビングがすぐ目の前。


自分の家族は母一人のため、自分のためにわざわざ荷物を頑張って片付けたり

よけたりして自室を作ったり、その代わりに母親自身はこのリビングで寝ている。

夜遅くまで働いて疲れているのだろう、青いソファの上でいびきをかきながら

寝ている。海里は風邪をひかないために白い毛布をかけてあげて、一人コンビニで

買っていたハニートーストを食べながら学校に行く用意をする。今学校に行けているのも、母親のおかげだ。


「いってきまーっす……」


せっかくの休息で寝ている母親を起こすわけにはいかず、小声で声をかけながら

静かにドアを開けて外へ出る。そして扉を静かに閉めて、慎重に鍵をかける。

背負ったカバンの中から定期のカードを出して駅へ行き、地下鉄に乗る。

朝早くの登校のため、人はそれなりに多いが、満員というほど混雑はしていない。

そのため空席もいくつかあり、そこへストン、と座る。


『そういえばね、ユリちゃんって子が居るんだけど……。』


と、花鈴が痴漢の話をしていたのをふと思い出す。もちろんこれはユリの尊厳の

ために言いふらす気はないし、言いふらす相手もいない。ただ心の奥底で思い

出した。タタンタタンと地下鉄に揺られながら専門学校に着くのを待つ。


花鈴の家から{flowerアレジメント}に行くのには十二の駅をまたぐ必要があるが、

海里の家からの専門学校は十五の駅をまたぐ必要がある。暇つぶしにスマホを

起動させてイヤホンを付け、WorTubeを開く。そこからハピの曲をタップし、

再生させる。音楽に夢中になりすぎて駅を通り過ぎないように次の駅名を示す

モニターを注意深く見ながら音楽を聴いていく。


「ふふふふふふーん、ふんふんふーん♪」


周りの人に迷惑をかけないよう、極力小声で鼻歌を歌い、

時折「この曲のこの部分、参考にしよう」なんて思いながら目的の駅に着くのを

待つ。そして駅に着いたら降りて、駅の階段を登ってすぐ目の前の学校へ行く。


「おはよ、海里ちゃん!」

「あら、おはようございます、海里さん」

「うん、おはよ!」


「―――で、―――――だから…」

「(はやく音楽の授業にならないかなぁ…専門学校とはいえ、やっぱり多少は理系、勉強するかぁ……。)」


そこで知り合った知人と授業を受けたり、課題をこなしたり、


「そうそう、私、このイントロ良いと思っててさ」

「え、何々?」

「まぁ待って。今流すから」


作詞作曲をしてみたり。学校から帰れば花鈴と電話したり、月やツバキ、ハピの

配信を見る。


『へーい、こんばんはっす皆さん!桜羽月だよー。…あ、バカ、月

は月でも“ルナ”って読むんだよ』


『こんばんは。ツバキです。今回はこのホラーゲームをやってみようかと。そうそう、青い鬼が走ってくるアレです。クローゼットに金髪のアイツがいるアレです。』


『みんなー、こぉーんばぁーんはっ!!!!車福ハピだよー。えっとね、今回はちまたじゃ見かけなくなってきたうずまきキャンディについて調べたいと思ってて……。』


見終わったら晩御飯を作って、食べてお風呂に入り、寝る。そしたら

きっと、母親が帰ってくるだろう。母親の分のご飯はきちんと机に置いてある。

それを食べて満足して、気持ちよくお風呂に入って、ご満悦な気分でソファに寝て

ほしい。…母親が「良いから」と言って自分がベッドを使っているが、あの人が

ソファで寝て大丈夫なのだろうかとたまに思う。よく寝返るたびに落ちそうに

なっているのを何度見たことか。


「(明日はどんな曲のアイデアが浮かぶだろう)」


“今日を生きれば、明日の楽しみは増えていく。そういうものだよ、人生って”


そんな歌詞がハピの曲にあった。もし自分では見つけられなくても、生きていれば、

楽しみが、幸せが掴めるチャンスがある。明日、もしかしたらすごい曲が

出来ちゃったりして、なんて笑いながら、母親が帰って来たことを告げる扉の

開錠音をBGMに、海里は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る