#3 廊下ですれちがったんです!
「廊下を、真っ直ぐ……」
社長室を出るときに金華が言っていた言葉を復唱し、花鈴は廊下を歩き始める。白い
壁に、茶色い板で出来た床、ところどころに置かれた観葉植物に黒いソファ。外から
見たこの事務所は、とても立派な物で一つのビルのようだったが、中は意外と
シンプルだった。
「(…!人だ!!)」
この廊下は壁寄せに家具が置かれていることもあり、二人通れる廊下が少し狭い。
ここにいるということはスタッフさんだろうか。白いバッグを持っている。
VTuberだったりして……。それなら誰だろう、と期待を膨らませる。ここの
事務所のVTuberは全員有名だ。とはいえここで出会ったところで、普段の
2Dモデルと本人達は違うが。
「!」
こちらに気が付いたようで、その人は花鈴に一礼したあと、社長室傍に置かれた黒い
ソファに座って白いバッグからPCを開き何かを打ち始めた。濡烏色の髪の毛を
ポニーテールにした女性で、一瞬のことで目の色はわからなかった。
「あ、オーディションの方ですね。こちらへどうぞ、出口へ案内いたします」
廊下を真っ直ぐ進むと、スタッフが居た。そして花鈴に気付くと優しく微笑み、
出口へと案内した。
「(どうか……合格していますように!)」
「…おや、そんなところにいたのかい」
全てのオーディション(面接)が終わり、自らも花鈴が出て行ったのドアを開けた
金華は、黒いソファに座っている女性の存在に気付いた。
「どうでしたか、三期生のオーディションは」
「うん、とても良かったよ。今回も良い人材がたくさんいた。彼女達や彼らは、きっとこのバーチャル界に素晴らしい奇跡を起こしてくれるだろう」
そう言いながら金華は、その女性を中へと通す。女性はPCをパタンと閉じると、
社長机の前に置かれた椅子へと座った。
「君の方は?今年から大学生だろう?」
「まぁ、高校を卒業しましたから。」
「就職はするのかい?」
「しないですよ。今はこれで食べてるんですから」
そう言うと女性はPCを見せつけた。
「君ぐらいならこれで食べて行けるだろうね。今回の配信は?」
「気合バッチリ」
「いいじゃないか!」
ドヤ、と女性が笑うと、金華ははっはっはと笑った。
「そういえば今日、結構良い子が来たよ」
「?」
「“世界一のVTuber”になりたいって言っていた子がいてね」
「……ヤバくないですか」
「はっは!そうだね。これは今その名をほしいままにしている子の危機だよ!」
「楽しんでません?」
「新しい風が吹くんだ。わくわくしないはずがないだろう?」
「その称号を取られる側にもなってくださいよ」
「そう言いながらも、君だって笑っているじゃないか。そうだ、あの子は“桜羽月といつか3Dモデルで一緒に歌って踊りたい”と言っていたよ」
「責任重大じゃないですか!良いんですか、あの子に言ったら調子乗って会いに行くとかしますよ絶対」
「それは仕方ないよ。自身に憧れを持つのは嬉しいことだろう?それにしても君、随分と他人事だね。」
「他人事って……仲間ではありますけれど、他人っちゃ他人ですから、間違いではないですけどね」
そう言いながら女性は、PCを再び開ける。余程うち慣れているのか、タイピングを
カタカタと素早く打つ音が途切れることなく続いている。
「今夜の配信は何にするんだい?」
「オーディションがあったのでその話にしようかと。」
「良いね、他の子は?
「まだ決めていないそうです」
「じゃあ今夜は皆、オーディションについての配信をするように!トップアイドルの感想も聞いてみたいしね」
「それ全部最終的にはあの子に伝わるんですからね。今の話。」
「そうだね。君も私も話してしまうからね、しょうがないね」
はっは!と笑う金華をジト目で見つつ、文字を打つ手は止めない。きっと彼女の
PCにはスゴイ速さで文字が打たれているだろう。
「んじゃま…サムネはこれかな」
「そろそろ春の衣装を描かないとね」
「そうですね、楽しみです…が、三期生は?」
「三期生はないよ。まだキャラデザも決めていないんだから。」
「じゃあ、来年ですかね?そういう何気ない発表、あの子に伝えときます」
「あ、待って待って」
「待ちません。言っておきます」
「く、手遅れか…」
「手遅れですね、私に言った時点で。」
淡々と答える彼女だが、そこからは金華に嫌がらせをしてやろうとか、険悪だとか、
そういう雰囲気でも音程でもない。ただの社交辞令として、当たり前のこととして、
社長に敬語を使っているだけだ。
「“色んな人に夢を与えたい”……。さっき話した子もそう言っていたが、他の子も言っていたよ。やっぱり今回は良い人材がいっぱいだ」
「社員思いと同時に仲間想いなのは良いですけど、興奮しすぎて後先考えずに三期生振り回さないでくださいよ。一期生も二期生も味わってるんですから」
「それは悪かったって……。でも、なるべく未来の三期生それぞれの個性が引き出せるよう、頑張るよ。一番引き出せそうなものをしぼって選ぶことにしよう」
キラキラと満足げな顔になる金華に、「コイツ学習しねぇな」という顔をしつつ
目線をPCに移す。そう言いつつも、彼女は一期生・二期生をどれだけ振り回した
ことか。だが一期生に比べて二期生はそのイベント数が減っているため、彼女も
振り回さない程度に頑張って減らしたのだろう。振り回されたことに変わりはない
ので結局効果なしと言ったところだが。
「…ま、どんな子が来るか楽しみにしていますよ」
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