第10話 役割分担

 現実世界から探し続けた唯一無二の相棒が漸く見つかった。果てしない二次元の彼方で再会することになるとは予想外であったが。


「感動の再会を喜びたいところだが、一旦逃げよう!」

「大丈夫、こいつ程度なら私がどうとでもなるさ」

 ミレイは不敵な笑みを浮かべ、龍狼の死角である足元に入りこむ。そして、右手をそのまま龍狼の足へ撫でるように触れた。


さえすればこちらのものだ。――『プログラム書き換えスクリプトコード・リライト』」


 ミレイの右手が発光し、触れた手から魔法陣の様なものが展開される。すると、龍狼は瞬く間に仔犬程の大きさになってしまった。当然先程までの迫力もなく、火もうまく吐けなくなってしまっていた。


「す、すごい! あの龍狼をいとも簡単に……」

「なっ……!? ミレイ、あいつに何をしたんだ?」

「詳しくは後で説明するさ、簡単に言えば中身データを都合の良い様に弄った。それにまだ終わりじゃない。レン、修正パッチは持ってきてくれたかい?」

「ああ、インストールはした。でも使い方がわからん」

「そういやインストール方法しか記載してなかったか。私もあの時は柄にもなく慌ててたものでね」

「あの、一体何の話しを……?」


 外の世界の存在を知らないカイルからしてみれば、当然修正パッチはおろか、データやプログラムなるものを知る由がない。


「カイルには恐らく理解し難い話しだ。すまないが、言伝を頼まれてくれないか? 街から出れるようになるかもしれないと――」

「街から……本当ですか!? すぐに伝えてきます」


 カイルはミレイの言伝を聞き、その場を走り去っていった。


「気になる事は色々とあるが……まずはさっきの龍狼を弄ったっていうのは?」

「文字通り弄ったんだ。こいつのパラメーターをね。厳密言うとその元となるプログラムを改ざんしたんだ」

「プログラムの改ざん!?」

「元々はゲームマスター権限が。改ざんどころか何から何まで全て変えてしまう事も不可能じゃない。まぁそこまでやるには複雑な演算式を計算し直して莫大な時間の掛かるプログラミングを行われなければいけないがね」

「それなのに、ログアウト出来なくなったのか? その、ゲームマスター権限とやらはどうした?」

「私は今、ゲームマスター権限の大半を失っている」

「――!?」

「何とかプログラムへの介入する術は残っていたお陰で先程の様な対処は出来るが、ログアウトや強制的な権限が表示されない。本来なら腕にNPCには可視出来ないログアウトボタンが表示されるんだが、それが出ない。アクセスも試みたが、やはりこの辺りは管理室まで行く必要がある」

「その管理室ってどこにあるんだ?」

「ウィスタリアの中盤以降にバーレル鉱山に入るステージがあっただろう? そこの奥に開かない扉があったと思うがその奥が管理室だ」

「それって、俺が昔デバッグしてた時に無理くり入れないか試してた扉のことか? あれ管理室だったのかよ! その当時に教えてくれよ!」

「管理室だからセキュリティは強固なものでないといけないからね。敢えてレンには黙っていて、何かの間違いで突破されないか笑いを堪えながら見てたんだ」

「要するに突破される可能性は無かった様だな。色々試すのに数日使ったのに! まあ、いいや。その管理室まで行ければゲームマスター権限を戻せるかもしれないんだな?」

「ああ、それさえ取り戻せればログアウトも出来るし、プログラムの修正も容易になる」

「そういやさ、さっきのスプリクトコードってのを逆に俺や自分に使えば超絶強化とか出来たりするんじゃないのか?」


 ゲームを安全に進めるにあたり、何か良い方法ないか考えていたレンが一つ提案する。しかし、ミレイの表情は今ひとつパッとしなかった。


「やめておいた方がいいぞ。それは身の安全は補償しかねる。この世界では私達もプログラムの一部なんだ。この力の乱用はいずれ更なるバグを招く危険性がある」

「そうなのか?」

「書き換えの影響で、他のイベントフラグや自身の構成に関与するプログラムを傷付けたりしたら、修復出来ないかもしれないんだ。バグを多用してゲームのメインデータが破損するという話しは聞いたことあるだろう?」

「なるほど、何となく納得……。それじゃあ話しを戻して修正パッチはどう使えばいいんだ?」

「手を貸してみろ。インターフェースを通じてレンの中に圧縮ファイルで眠ってるから解凍してやる」


 ミレイはレンの右手を両手で包む。すると、レンの隣に突如、ゴトっという音と共に剣が落ちてきた。


「わっ!? えっ!? 何か出てきた! これって……剣?」

「単純で分かりやすいだろう。簡単に言えばバグに特効のある剣さ。その剣でバグを切ることで、バグの再現性の確認、分割統治法やコードの挿入を自動で行い解析が出来る。そしてバグプログラムの削除をすることが出来るんだ。ゲームを作ってきた上で出来た副産物みたいなものさ」

「へぇ、なかなか面白い剣だな」


 ミレイには申し訳なかったが、相変わらず細かい部分はよく分からない。とりあえずバグに対抗出来る剣なのは分かった。


「私は入力と書き換え、レンは削除だ。上手い具合に分担出来たものだろう」

「でもミレイが両方とも使えたら、もっと手っ取り早いんじゃ?」

「残念ながらそこまでやるには時間も容量も足りなかった。元々インターフェース自体の容量はそれほど多い訳じゃないんだ。入力プログラム削除デバッグどっちかしか持っていけないとなったら、削除デバッグはレンの役目だろう?」

「ごもっとも。あともう一つ聞きたいんだけど、もしウィスタリアの中で魔物に殺されたらどうなるんだ?」

「本来なら復活地点は宿屋になるはずだが、恐らく殺されたらタダでは済まないと考えておいてくれ」

「えっ? 復活出来ないのか?」


 うすうす嫌な予感はしていたが、どうやらそれは現実になりそうだ。


「ああ、理由としてはログアウトが出来ないことにある。例えて言うとゲームによってはゲームオーバーになるとタイトル画面に戻されるものがあるだろう? そんな感じでウィスタリア内でゲームオーバーになった際はリンクの一部を一時的に解除、個人を構築するプログラムの座標移動、その後再接続して宿屋にといった流れになるんだが、この操作にログアウト処理が行われているんだ」

「ごめん、もうちょい簡潔に……」

「ざっくり言えば、殺されても正常にログアウト出来ないからプログラムがうまく移動出来ずに永遠に電脳世界の海を彷徨う事になるかも……と言えば危機感が伝わるかな?」

「そう聞くと確かにヤバいな」

「理解したか? 私達がウィスタリアから脱出するには、正規ルートで管理室があるバーレル鉱山まで一度も殺されることなくゲームを進める必要がある。それに加えてバグの原因を突き止めなくてはならない」

「なかなかハードな環境だが、入力プログラム削除デバッグがあれば何とかなるだろ」

「ふぅ、レンは危機感がないのか飲み込みがいいのか、イマイチ分からないよ。でも、私を助けに来てくれたのは事実だ。ありがとうレン」

「長年の相方の危機に駆けつけない訳がないだろうよ」

「ふふ、そうか」


 かくして、レンとミレイのウィスタリアでの大掛かりな大冒険メンテナンスが始まることとなった。

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