第9話 「異」世界
走り抜けた先に現れたのは、自身が出発したはずの宿。もしかしたら似ているだけで違う宿屋かもしれない。そんな事を考えつつレンは恐る恐る宿屋の扉を開ける。
「おや、さっきの兄ちゃんじゃないか? やっぱりギルドの場所が分からなくて戻ってきたのかい?」
「いや、えっと……忘れもの、なかったかなーって……」
「忘れもの? それらしいものはなかったけど?」
「そうですか、失礼します」
やはり間違いなく、先程までいた場所であった。レンはそそくさと外へ出て宿屋の扉を閉めた。
「やっぱり……さっきの宿屋だ、ぐるっと回って一周したのか?」
規模は大幅に変わってはいるが所々の街並みはレンがプレイしているウィスタリアとあまり変わってはいない。宿屋から歩いていって、道具屋、武器屋、防具屋などを経由して、噴水のある広場を超えて更に真っ直ぐ行けば街の出入り口のはずだった。
レンは更に歩く、そして走る。しかし、一定の距離を進むとまた来た道へ戻ってしまう。
「――出口がない!?」
どの方向へ進んでも、元の場所へ帰ってしまう。
(おいおい、ゲームを進める以前の問題だぞこれ……!)
いよいよを以って、レンに焦りが生まれ、同時にある嫌な予感が浮かび上がる。
――『バグによるゲーム進行不可』――
「街の中が無限回廊とかマジでシャレにならんぞ……こんな状況で住人が何事もなく生活してる様に見えるのら、かえって不気味だな」
レンは状況を少しでも変える為に、道行く人に声を掛けてみることにした。
「あの、すいません。街の外に出たいんですけど、どの方向に進めば出れますか……?」
「街の外? この道を真っ直ぐ行けば、噴水があってそれを越えて行けば出られるよ」
「あの……さっきもそうやって歩いてたんですけど、外に出られなかったんです」
「何を言ってるの? 変な人」
この状況に疑問を抱かない住人からしてみれば確かにレンは変わった人か、いい歳した迷子に見えるだろう。
「そうですか……失礼します」
レンは住民に言われた通りにその道を走りだす。走って、走って、走り続けるが、辿り着いた場所は先ほど住人に声を掛けた場所だった。
(やっぱり出れねぇじゃねえか!!)
そして、レンの前に先程声を掛けた住人が再び現れた。レンは再度同じ住民に声を掛ける。
「すいません、言われた通りに進みましたがやっぱり外に出れないんです」
「言われたとおり? ……あなた、誰ですか?」
「えっ? さっき街の外に出るにはどうやって行けばいいか聞いたはずなんですが……」
「知らないよ。
(――えっ?)
一瞬人を間違えたかと思ったが、服装も声も話し方も全てさっき話した人と同じであった。
「いや、そんな事はないはずです! さっき言ってくれたじゃないですか! 真っ直ぐ行けば噴水があるって!」
「噴水……ななななナナんのここと? 出口ででで口口口、―――あなた、誰ですか?」
「!?」
突如、住人にノイズが走る。明らかに口調がおかしくなる。口調だけじゃない、挙動も視線も全てがおかしい。レンは未曾有の恐怖と戦慄が走りその場を離れた。
「な、なんだよあれ!? 住人までおかしくなったぞ!? これも……バグか?」
バグに満ちた世界。言うなれば「
(どうする、修正パッチとやらはインストールしてきたが現状使い方が分からねぇ。ミレイのやつめ、インストール方法だけじゃなくて使い方も残しておいて欲しかったぞ……)
「――お兄さんどうしたの?」
レンに声を掛けて来たのは、一人の少年だった。青い髪のツンツン頭、腰に短剣を据えている。歳はレンより少し年下であろうか。レンよりも小柄である。
「君は……?」
「僕はカイル。この街で
「その口ぶり……この状況何か知ってるのか!? あぁ、ごめん。俺はレン。
「レン――!? まさか、あなたが!」
「あれ? 俺の事知ってるのか?」
「はい、以前に女性の方からあなたの名前を聞いた覚えがあります」
「えっ! そ、それいつの話しだ!? その女性ってどこに行ったんだ!?」
「何処に行ったかまでは……10日くらい前の事ですし」
「10日!? だって外の世界じゃ3日しか経ってないんだぞ?」
「外の世界ってなんですか?」
「外の世界を知らない……? じゃあ、日本て知ってるか?」
「いいえ、聞いたことないですよ。ニホンなんて国も、街も」
(そうか……! このカイルって男の子もNPCなんだ! だとしたら外の世界なんて知ってる訳ないか。でもそしたら何でこの子はこの街の異変に気づいているんだ?)
「そしたらじゃあ、この街の異変についてはどこまで知ってる?」
「正直原因とかそういうのは分からないですけど、この異変に気づける人と、そうでない人がいます」
(そうでない人……あの、バグった住人か)
「でも、なんでカイル君は異変に気づけたんだ?」
「すいません、それもよくはわからないです……」
ミレイの行方もバグの原因についてもほぼ進展無し。しかし、一部の可能性は広まった。無限回廊から出れないという事を考慮すればミレイはエルムダールのどこかにいるという事。NPCにはバグの影響を受けるものとそうでないものがいる事。この2つだけでも収穫ではあった。
「何か向こうの方、騒がしいですね? どうしたんでしょう?」
カイルが指をさす方を見ると、なんだか人集りが出来ていた。そして人集りは血相を変えてレン達がいる方向へ走ってきていた。
「何だ? みんなこっちに走ってくるぞ?」
「
「なっ!? おいおい、まさか強制戦闘か!? そもそもギルドのある街なんだから腕っぷしのいい奴らが何とかしてくれるんじゃ……」
安直な発想も束の間。その時、視界に入るよりも先に、
「……んん!? 何、この地響き?」
「あれは……!!
「龍狼……? 名前からして最初の戦闘で戦う相手じゃないんだが。あぁっ! もしかしてカイル君なら倒せたりするんじゃ!?」
「まさか! 僕が1000人いても無理です!」
「そっか。逃げよう!」
二人は慌てて走り出す。しかし、二人に気づいた龍狼は体躯に見合わぬ速さで回り込んできた。
「え……これヤバくね?」
「レンさん、何とかならないんですか!?」
「まさか、俺が10000人いても無理だと思う」
龍狼は身体を震わせて、口から巨大な火の玉を吐き出してきた。成す術のない二人は身を屈めて目を瞑った。
(そういや、このままウィスタリアで死んだらどうなるんだ……?)
走馬灯なのか、炎が当たっていてもおかしくないはずなのにその感覚がなかったレンは薄ら目を開けた。ある一点を中心にして炎が爆散している事に気づく
「――レンでも10000人いれば龍狼も倒せるんじゃないか? 雀蜂を撃退する蜜蜂みたいに」
聞き慣れた声とともに颯爽と現れた彼女はバリアーの様なものを展開し、火の玉を防いだ。
「……危うくお前に会う前に死ぬかと思ったよ」
「心配かけたな、来てくれてありがとう、レン」
爆風に揺れるポニーテール。普段と変わらぬ白衣の姿。そこには見慣れたミレイの姿があった。
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