1章 ウィスタリア攻略

第8話 次元を超えた先に

 レンがインターフェースを起動させてからどれくらいの時間が経過しただろうか。危険を顧みずウィスタリアへのログインを試みたが果たして成功したのかどうかも分からない。 


(――今、俺は何処にいる?)


 気づけば辺りは静かになっていた。恐らく脳波への干渉は既に始まっている。もしそうであればミレイの話し通り後はウィスタリアとリンクするだけのはず。


「暗い? 何も見えないな……目を開けてるはずなのに……まさか、ウィスタリアがバグ状態だからこんな世界に!?」


"やぁ、やっと来たんだ。ずっと待っていたよ"


「ミレイ……?」


 突如、ノイズ混じりに聞こえてきたその声はまるでレンの頭に直接語りかけてくる様な感じだった。


――


――――ドタンッ!!


「あいたたた……」


 辺りを見回す。気がつくとレンは知らない部屋にいた。広さは8畳から10畳ほど。外開きの小さな窓があり、ベッドとタンスが一つあるだけの物寂しい木造の部屋だった。


! 何か落ちた様な音が聞こえましたが大丈夫ですか!?」 


 部屋の外から声を掛けられる。


「あっ……大丈夫です。お騒がせしてすいません」

「そう、それならいいですけど……」

「恥ずかしい……気をつけないと」


 そして、レンはふと我にかえる。


「いや、そうじゃねえよ!! ここ何処だ!? ミレイ!! 高木さん!?」


 状況が掴めないまま、レンは外の様子を見ようと窓をバンと開いた。


「―――なんだ、こりゃ……」


 そこでレンの目に映ったのは


 辺り一面知らない場所。建物の作りからしてまるで違う。歩いている人に目をやると、腰に剣を携えた剣士、コスプレに見えるが多分本当に魔法が使える魔法使い、当然の如く二足歩行する獣。それなりに賑やかな街並みだった。


「そうだ……! 俺はウィスタリアに来たんだ!」


 結果としてレンは無事ログイン出来ていた。しかし一人である。気になる事は山ほどあるが、まずは大前提でミレイを見つけなければいけない。


(顔に付けてたインターフェースがない……? 着てる服も全然違うし。これも脳波とリンクして見せてる錯覚なのか?)


 現在のレンの服装はいかにも冒険者始めたての感じのチープなレザーの装備一式のみ。


(間違いなく初期装備だなこれ。とにかく一度外に出てみよう)


 レンは寝泊まりしていたであろう部屋を出て、階段を降りる。下の階に着くと受け付けにいる中年の男性と目が合った。


(やっぱり、ここ馬宿屋っぽいな。まさか自分自身が宿屋の客になる日が来るなんて……)


「お帰りかい? いい旅を!」

「あっ、そういや宿代」

「昨日もらってるよ、忘れちまったのかい?」

「ん? ああ、そうだ! そう、そうだった!!」


 当然の如く所持金はゼロであった。幸いにもログインする前の自分が払ってくれていた設定らしい。適当に話を合わせておく事にしたレン。


「そうだ、どうも最近物忘れがひどくて思い出せないんだけど、ここって何て街なんだい?」

「おいおい兄ちゃん大丈夫か? ここはアルバニスタ領にあるエルムダールの街だよ。国家直属ギルドがあるから、各地から人が集まる街で有名なはずなのに……」


(やっぱりだ、俺がポータブルでやってたウィスタリアと同じだ。初期地点はエルムダール。これで半ば確信に変わったぜ、ここはウィスタリアの中と考えて良さそうだ)


「丁寧な説明をありがとう。それとついでにもう一つ、茶髪の長いポニーテールで背丈が俺よりちょっと小さいくらいの女の子見てませんか?」

「いやぁ、見覚えないな……はぐれちまったのかい?」

「はい、多分どこかにいると思うんですけど……」

「それなら、尚更ギルドにでも向かうといい。この街で一番人の集まる場所だし、それにお金があるなら捜索の依頼をギルドに出せばいい」

「なるほど、そうですね。ありがとうございます!」


 レンは颯爽と宿屋を飛び出していった。


「……あれ? ギルドの場所伝えてないけど、あの兄ちゃん大丈夫かな?」


(ギルドの場所ならわかるぜ、エルムダールのボロい宿を出て真っ直ぐ、大通りに出たら後は右に曲がって真っ直ぐ)


 何年もウィスタリアをプレイしていたレンからすればエルムダールのマップは頭に刷り込まれている。行こうと思えば目を瞑ってもギルドに行けるが、先に街の散策を優先することにした。


(よし、ギルドには最後に行こう)


 レンの考えとして、このままギルドに行くという事をゲームの進行と判断。ゲームが進行すれば一部のサブイベントやアイテムの回収などが出来なくなるかもしれないといったところの結論だった。


(ゲームの進行をするだけがデバッガーにあらずだぜ)


 ミレイを縛るものがバグであるならば、ゲームの進行よりも捜索や後の為のイベントフラグの回収を行い、取りこぼしがない様に立ち回るつもりだ。万に一つ、ミレイを縛るバグが特殊条件によって出現するものや、フラグの回収によって発動するものなら、ゲームを進めるという事はその可能性を潰すことになる。


 後は、単純に初期地点がエルムダールならヘタに他方へ行かない方が断然ミレイに遭遇する可能性が高い。


(まずは街の情報収集に探索にギルドへ……これ今日中に終わるかな)


 街を歩くといってもプレイアブルキャラを操作するのと自分で歩くのとでは訳が違う。いくらゲーム上でのマップが頭に入っていても、実際の街並みを細かく覚えるのは骨が折れそうだ。


(とりあえず街の端に行ってみるか)


 レンは街並みや人の流れに目を向けつつひたすらに歩き続ける。ところが、しばらく歩いたところである異変に気付く。


(おかしい……街の端に着かないぞ。俺そんな方向音痴だったっけ? それともエルムダールが思っているよりも大きい街なのかな)


 しかし、そう思ったのも束の間。レンの目に映ったものは、レンの予想を全て否定するものだった。


(やっぱり何か変だ! 真っ直ぐ歩き続けて何でここにんだよ……)


 歩き続けた先にあったものは、レンが最初に飛び出したボロい宿屋であった。

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