第7話 Into "Wistaria"

 ミレイが姿を消して3日目。手がかりも掴めないまま時間だけが過ぎていった。


(いくらなんでもおかしい……仮に居なくなるにしても一言くらいあっても良くないか?)


 レンは自分の部屋のベッドに座りこみ頭を抱える。ミレイの逆鱗げきりんに触れるような事はしていないし、スマホを無くしたという線も考えにくい。昨日今日と家まで行ってみたが留守の様子だった。


「はは……何やってんだ俺は、これじゃまるでストーカーみたいじゃねえか……」


 途方に暮れているレン。探せる場所は思いつく限り探し、いよいよ警察への通報も視野に入れ始めたその時、スマホに一通のメールが届く。


「えっ……? このアドレスって……」


 レンに届いたメールの送り主は、登録はされていないが、文字の並びから推測するにミレイの持つ、別のアドレスのものだと判断した。レンは即座にメールを開いた。


『このメールを見ているのがどうかレンであって欲しい。このメールは特定の条件のもと、自動で送信される様に設定している』


「自動送信!? ミレイのやつ、やっぱりなんかあったのか……!?」


 レンはメールを読み進めていく。


『私は例のシステムエラーの解消を試みたが

外部からの干渉では解消出来なかった。しかもこれは、自動形成されるプログラムにも発生していて、このまま放っておけば取り返しのつかないものになる非常に危険なバグであると判断した』


「取り返しのつかないバグだと……!?」


『よって、すまないが一足先に私がログインして、ゲームマスター権限を使って内部から原因を探ることにした。万が一に備えて、私はインターフェースを別の場所で使用している可能性が高い』


「じゃあ……ミレイのやつ、もうウィスタリアの中にいるってことなのか……!」


『予定では長くても一日で戻る予定だが、このメールが送られて、なお私がいない場合、何らかの理由でログアウト出来なくなっていると考えて欲しい。その場合、私はもう戻って来れないかもしれない』


「はっ? 戻れない!? そ、そんな……嘘だろ!?」


 メールの内容に困惑していたその時、知らない番号からの着信があった。


「この電話……誰からだ?」


 レンは数コール程悩んだ後、半信半疑で電話に出た。


「もしもし、私です。高木です! 蓮君の携帯電話で間違いないですか?」


 数年ぶりだが聞き覚えのある声。買ってミレイの世話役だった、「高木」からの電話だった。


「はい、俺です、折原です!」

「海玲様からメールが届いてませんか!? 自動で送られてくるって……」

「届いてます! もしかして高木さんの方にも?」

「はい、海玲様に何かあったら蓮君の話しを聞いて欲しいと、あと蓮君の携帯番号がメールに……」

「俺に送られて来たメールと文面がちょっと違う……?」

「文面が違う?」


 レンは、自分と高木のメールの文面をわざわざ分けていた理由、違和感に一つの仮説に辿り着く。


「そうか――高木さん! 今すぐミレイの家に来れませんか!?」

「海玲様のご自宅へ……? わ、分かりました!」


 しばらくして、ミレイの家の前で待つレンの元に、見覚えのあるワゴン車が止まった。


「蓮君!」

「高木さん! お待ちしてました! 早速で申し訳ないんですが、合鍵って持ってませんか!?」


 世話役であり、ミレイが海外に行っていた際も掃除でたまに家に来ていたという話しを聞いていたレンは、合鍵の存在に賭けた。


「合鍵……? それなら車に……でも海玲様はここに居ないのでは?」

「いや、ここで合ってます! 厳密に言えば確かに本体はいませんが、ミレイの意識はここに居ると思います」

「意識が? ど、どういうこと!? そんなことあり得るの? それによく私が合鍵持ってるってご存知でしたね」

「ミレイが日本にいない間、高木さんが掃除とかをしに来てるなら、合鍵を持ってる可能性があると踏んだんです」

「確かに、その通りです」

「ミレイんち、セキュリティもそれなりにしっかりしてるもんだから強行突破しようにも入れるかどうかも分からないし、モタモタしてたら警察も来るだろうし……お願いです! 鍵を開けてください!」

「わ、わかりました」


 正門と玄関の鍵を開けて、二人は家の中に入る。やはり家の中には誰もおらず、物静かな空間にパソコンの駆動音だけが響いていた。レンは一目散にミレイが居るであろう場所へ向かう。


「ここは海玲様のお部屋では……」

「恐らく、ここにいます。高木さん、ここの電子ロックを解除する事って出来ませんか!?」

「私の指紋と静脈は登録してありますが、パスコードまでは…… いつも海玲様の方から開けてくれてましたから……」


 厳重なロックが予想外の形で2人の壁となる。だが――


「いや、充分です」


 レンの中では既に鍵は揃っていた。


「えっ……?」

「16桁のパスコードだ? 誰が覚えられないって? 3年のブランクはあるが、10年前からお前がパスコード入力するところ視界に入ってんだぜ。なめんな!!」


 レンはミレイの押していたボタン、手の動きを思い出してテンキーで打ち込んでいく。「unlock」の表示とともにロックの解除音が聞こえた。


「俺も案外天才かもな」


 驚愕する高木とともにレンは一目散にウィスタリアの前に立つ。




――レンに送られたメールにはさらに続きがあった。

 

『ここからの内容は、レンだけにしか送っていない。非常に危険な話しになってしまうが、それでもレンが来てくれるなら。ウィスタリアに閉じ込められた私を助けて欲しい。もし、助けに来てくれるなら、私のデスクにバグプログラムをリカバリーするパッチを用意してある。手順書マニュアルをみてインターフェースにインストールしてウィスタリアにログインして欲しい』


 ウィスタリアを写していた画面は不気味なブルースクリーンに包み隠されている。ミレイの机には残りのインターフェースと1枚のディスクが置いてあった。


「――そこにいるんだな? ミレイ」

「蓮君、それは……?」

「高木さんがどこまでご存知かは分からないですけど、ミレイは、ミレイの意識はウィスタリアこの中にいます」

「さっきも言ってましたけどそんな事有り得るのですか……?」

「嘘みたいかもしれませんが、本当なんです。だから俺も、これからミレイの後を追います」


 レンはミレイの残した手順書に沿って修正パッチのインストールを始める。


「え……でも、もしその話しが本当なら蓮君まで戻れなくなるんじゃ!?」

「戻ります。ミレイを連れて必ず帰ってきます。ログインしたら、ミレイの話し通りでは意識が無くなると思います。だから少しの間、何かあったらお願いしたいです」

「……わかりました。気をつけてね、蓮君」


 高木は理解に苦しむ部分こそ残るが、長年見てきた2人を信じる事に決めた。


「はい……! 信じてくれてありがとうございます」


 半信半疑の高木に、漠然とした無茶なお願いをしたにもかかわらず、首を縦に振ってくれたことには感謝でしかなかった。


 一抹の不安こそあったが、ミレイを助けたい気持ちの方が遥かに強かったのは間違いない。レンはインターフェースのLink start接続開始ボタンを押す。


「待ってろミレイ、お前を縛る何かを俺がデバッグしてやる」



 インタフェースの起動と読み込みが終わり、本格的に稼働を始める。そして、レンの意識はウィスタリアの中へ融けて行った――

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