第6話 聖堂寺海玲の消失
ミレイが海外へ行って約一年半が経っていた。あれから、レンはミレイの助力もあり県内でも割と良い高校に行く事が出来ていた。
(ミレイのやつ、向こうで上手くやってんのかな……)
あのお調子者で落ち着きのなかったレンが今ではすっかり大人しくなっている。学校や予備校、バイト先等を経て、人との出会いは増えたがミレイとの出会いほどの衝撃を与えた人間はいなかった。
「今のところ無事に帰って来れそうか?」
ミレイにメールを送る。メール自体はたまに送ったり送られてきたりだが、日に数通程度で終わる。ミレイが忙しい事が分かっている為、レン自身もあまりメールを送れていなかった。
「そうだね、予定通りあともう1年半で帰国出来ると思うよ」
「こっちはやっぱりミレイがいないと退屈だよ。まだ半分もあると思うと長いな」
「そうか? 秒数で考えれば4700万秒くらいしかないぞ?」
「いや、余計長く感じるわ」
「ふふ、ちゃんとウィスタリアはやっているかい?」
「もちろん、もう何回クリアしたか覚えてないくらいはやったぜ」
「ほう、私がいなくてもサボっていないね」
「あたぼうよ」
「それじゃあなるべく早く帰国してあげないとな。私がいないとレンが孤独と暇で引きこもりになってしまいそうだしな」
「そこまでならんわ!!」
――さらに、1年半後。ミレイが日本を経ってから3年の月日が流れた。ついに、彼女が帰国する日が来た。レンはミレイを空港で待っていた。
「レン」
ざわざわとした空港内に混ざる懐かしい声。名前を呼ばれレンは振り向く。
「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな」
ミレイはサングラスを外す。3年の月日で大人びた顔付きになり、トレードマークのポニーテールも伸びていた。レンに見せた柔らかい表情はかつてよりも垢抜けており、昔の様な仏頂面が嘘の様に感じるほどだった。
「ミレイ! 3年間、待たせやがって! 体調崩してないか? 学校は卒業出来たのか?」
レンは思わず涙腺が弛むがミレイにいじられると思ってクシャクシャの笑みでごまかしていた。
「あぁ、見ての通りだ。博士号も取得して無事に大学は卒業できたよ」
「それは良かった! ……んっ? 大学って言ったか? 高校じゃなくて?」
「飛び級という言葉くらいは知ってるだろう? まさか私が高校を卒業した程度で戻ってきたとか思ってないだろうね?」
(さ、さすが過ぎる……)
「早くウィスタリアの続きをやらなければならないからね。プロムとかも全て無視して帰国してきた」
(プロム……?)
「と、その前に3年も空けてしまったからな。挨拶くらいはしっかりしておくか。――ただいま、レン」
ミレイはレンのことを抱きしめた。
「ちょっ……!? 公共の場ぁ!? というかミレイ、しばらく見ない内に随分とアクティブになったな……!」
「なんだ? 照れてるのか?」
「――!! こ、この辺人多いんだから、行くぞ!」
レンはそそくさと歩きだし、ミレイは少しニヤつきながらレンの後を追った。ミレイの胸元にはあの日渡したタンザナイトが今も輝いていた。
※ ※ ※
「早速家に帰るやいなやプログラミングか今日くらいはゆっくりしたらどうよ?」
ミレイの家に帰宅して、手持ちの荷物を少し整理すると、以前の様にキーボードを叩き始める。
「自己研鑽の為とはいえ数年空けてしまったからな。一刻も早く進めないと遅れた分を取り返せないぞ。それにコレをウィスタリアに反映させたいからな」
「コレ?」
ミレイは小さいデータチップの様な物を取り出した。
「これは……?」
「成長型人工知能。これをNPCに反映させる事でよりリアルな世界観を形成する事が出来る」
「何かネーミングからしてとんでもないもの持ってきたな!?」
「そうだね、これを導入する事によってNPCが感情に近いものを得ることが出来る。そしてあらゆる会話、事象から推測する返答パターンを各個体にラーニングさせる事が可能だ。それでも、本当の人間に比べれば遥かに劣るものにはなるけど」
「本当に、新しい世界みたいになるんだな……」
「そしてこの人工知能は新たなプログラムを自己形成する事も出来る。スクリプトにないプログラムだって作れるんだ」
「スクリプト……?」
「大雑把に言えばこちらで意図していないプログラムを形成出来るということだ」
「ここまで来るとSF感がすごいな」
「因みにあと一年半くらいで全工程が概ね終了する。なんならウィスタリア自体はほぼ完成している。あとは私達がウィスタリアへログインする為のインターフェースの用意と、皮膚から伝わる感覚のレセプターと電気信号のサンプルが欲しいんだが、こっちはレンに頼んでもいい?」
「おう、任せとけ! ……ってレセプターって何?」
「さすがレン頼りになるよ!」
「スルーされた!?」
ミレイは別の部屋から台車を転がして大量の備品を持ってくる。それだけでは到底プログラミングに関係無さそうな部材ばかりだった。
「あの……ミレイさん。なんか拷問器具みたいのがいっぱいあるんだけど何をするつもりなんだい……?」
「失礼な、拷問なんてしないよ。ただちょっと痛覚を刺激したり熱や冷気、電流に対しての筋肉の反応や脳への電子信号のデータを取りたいんだよ」
「嫌な予感……」
「これは事はレンにしか頼めないんだ。もちろん毎回じゃないから安心してくれ、都度必要なデータは違うしな。小学生の時にこの手の実験に協力してくれるって言ってたもんね?」
「はっ!? そういえば言質って……」
レンは朧げな記憶をミレイの言葉で思い出す。ゲームの作成の為に、自身の体を張るという発言をここで回収する事となったのだ。
「タダとは言わない。頑張ってくれたら晩御飯でも作ってあげよう」
「マジか! ちょっとやる気出てきたかも」
「じゃあ、早速ドンドンやらせてもらうよ」
そして、データを取り始めて2時間、数々の実験を終えて、疲弊したレンの姿があった。
「よし、お疲れ様でした」
「予想以上にキツかったぜ……」
レンの身体には器具を取り付けた跡が残っており、手足の痺れと部分的な痛みが少し残っていた、
「お陰でデータはある程度とれたよ。今日の分は」
「……今日の? もしかして次回以降もある感じ?」
「宜しくお願いします」
「おう……」
「まあ、そう気を落とすな。ほら晩御飯だ」
※ ※ ※
―――それから更に1年程経過し、19歳の夏へ。
「今日来てくれたのは他でもない。ついに長年の努力が実りそうなんだ」
レンはミレイのメールで招集をかけられて、人体実験の終わりが近いことと同時にゲームが完成する目前という事を告げられる。
「――! それって、ずっと前から話してた例の『
「ご名答。よって今日の人体実験は実際にインターフェースを経由してログインしてもらおうと思ってね」
「じゃあ、もう実際にゲームの世界に行けちゃうのか……!?」
「あぁ、部分的な動作確認と脳波のリンクと解除は擬似的な信号を使って確認出来ている。あとは人体での確認だけだ」
「なんか緊張してきたな……無事にログイン出来るのかな?」
人類最先端の技術をも超え、全ての準備は整いつつあった。後はウィスタリアへのログインを残すのみ。
「コツとしては、余計な事をあれこれ考えない事だ。脳波が乱れてリンクに時間がかかる。ゲームに入り込めば後はインターフェースを通じて各信号を安定化・定着させる事によって、覚めない夢をよりリアルに見ているような状態になるんだ」
「その、ゲームから現実に戻るには?」
「ゲーム内でログアウトすればゲーム側からの信号が止まるから、戻る事が出来るぞ。まぁ細かい説明はログインしてからでも出来る」
ログインの説明を受け、レンとミレイが共にセットアップしている最中、ミレイがある異変に気付く。
「なんだ、これは……?」
「どうかしたのか?」
「システムエラーだ。おかしいな、さっき見た時は何事も無かった気がするんだが……」
予想外のトラブルにミレイが表情を曇らせながらキーボードを叩く。いつもならどんな問題もすぐに解決出来るミレイだが、何度やってもエラーとなってしまった。
「マジか、ログインはどうするんだ?」
「仕方ない、明日にしよう。直してからでないと危険が及ぶ可能性もある」
気構えていた手前、出鼻を挫かれてしまった。『また明日』そういってお互いその日はお開きにした。帰り際、レンはミレイに「大丈夫そう?」とメールを送ったがしばらく返信がなかった。
夜中の1時頃。ようやくミレイからの返信が来た。
「一通り確認したがおかしい所は見受けられない。だが一向にシステムエラーが直らない。これは時間がかかりそうだ」
「マジか……何か協力出来そうな事があったらいつでも言ってくれ。すぐミレイんちに行くから」
「わかった、ありがとう」
ミレイなら時間がかかっても、最終的に何だかんだ直してしまうだろうと、そう考えていたレンだったが予想だにしない自体が起こる。
"お掛けになった電話番号をお呼びしましたが――"
「だめだ……出やがらねぇ」
謎のシステムエラーから2日が経っていた。レンはミレイにメールや電話を数回、パソコンやゲームからもメールを送ったが、どれも反応がなく音信不通となっていた。
「ミレイ、いるか!?」
レンはミレイの家まで行って、インターフォンを押すが、呼び出し音のみが響き出て来る気配がない。
「今までこんな事なかったのに……」
謎のシステムエラーから3日目。あの夜、最後に送られたメールを境に聖堂時海玲の消息が分からなくなってしまった――
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