第5話 海の向こうへ
――レンとミレイとの出会いから数年、二人は中学三年生になっていた。
ウィスタリアの作成は今も続いている。アップデートにテストプレイ、デバッグを繰り返し行いつつ、プラットフォームを移行する準備を進めていた。これが全て終わればいよいよミレイの目指すフルダイブ型のゲームの完成が現実味を帯びてくるというわけだ。
「あと半年ちょっとで中学生も終わりか、なんかあっという間だったよな」
レンとミレイがゲームを一緒に作り出して6年が経った。レンは背が伸び、ある程度がっしりした身体付きになっていた。一方ミレイは髪が伸び、それを束ねて大きなポニーテールにしているのがトレードマークになっていた。レンの影響もあってか以前に比べ表情も豊かになっていた。
「そうだな、だからこそ時間はあまり無駄にはしたくないな」
「あれ? 何か機嫌悪い?」
レンは普段のミレイとは違い、目を細めて明らかにムスっとしていることに気づいた。
「あぁ、私は夏休みの宿題というのが好きじゃなくてね」
「どうして? あんなの数の暴力なだけでミレイなら一瞬で全部回答出来るんじゃ?」
「レンはRPGをやっていて、永遠に最初の街周辺でレベルを上げ続けるのが楽しいのかい? 今更こんなものやっても頭の準備運動にもなりゃしない。それに、これも」
「何これ?」
「自由創作で作成した課題」
ミレイが取り出したのは数冊のノート。レンは中身を開いてみたが、内容を全く理解する事が出来なかった。
「あの……この文字と数字と謎の記号の羅列って何でしょう?」
「ゴールドバッハの予想についての論文。数学の先生に提出したら無言で突き返されたんだ」
「……でしょうね」
「去年も一昨年もそんな感じだった。考えてみれば、私が作ったものを受け入れたのは身内以外ではレンだけかもな」
「はははっ……」
レンは苦笑いする。ゲームだからこそ波長は合ったが、初見でこの古代文書を見せられたら、多分、恐らく、ほぼ確実にレンは黙していたに違いない。
「それはそうとレン、大事な話がある」
「なんだよ、改まって」
ミレイは歩を止めて、重い口を開く。
「急な話しだが、私は中学を卒業したら海外の学校に行く」
「……はっ!? 海外ってどういうことだ!? ミレイ、それってホントかよ!?」
突然の通達にレンは声を張り上げる。
「本当だよ。だが、ウィスタリアを諦める訳じゃない。計画はしばらく頓挫してしまうが、自身へのインプットも兼ねての決断だ。それに日本だけじゃ手に入らないものだって色々ある。それに久しぶりに親へ顔の一つでも出してやろうと思ってね」
ミレイは両親が再び転勤する兼ね合いもあり、海外の高校へ進学するという事だった。
「……どのくらい日本を離れるんだ?」
「予定では3年だ。レンが高校を出る頃には私も帰国するつもりだ」
「そうか……じゃあ、俺はミレイを待つ」
「3年だぞ? それだけあれば遊びに女に、色々目移りする事もあるだろう?」
「俺を何だと思ってる……? それに、ウィスタリアの完成はミレイだけじゃなくて、俺の夢でもあるんだぞ。だからミレイの帰りを待ってるよ」
レンの”待ってる"という言葉にミレイはほんの少し、誰にも気づかれないくらいに微笑んでいた。
「そうか、口だけならなんとも言えるが……レンの言葉なら信じよう。やっぱりレンにデバッグを頼んだのは正解だったみたいだね」
「おうよ! そっちは俺に任せとけ!」
「高校に行っても、留年やら退学やらするんじゃないぞ。この私がレンの勉強の監修をしてあげたんだ。私の顔に泥を塗ってくれるなよ? もしそうなったら当分口聞いてやらんぞ」
「……へへ、ミレイこそ『世界には私より天才がいたんだ〜』とか言って尻尾巻いてくるなよ?」
「私が? あり得ない」
「だろうな」
「ああ、そうだ。レンに餞別でも渡そうと思っていてね。今日学校終わったらレンの家に行っていいかい?」
「……えっ? 家? い、いいけど、ミレイが俺んち来るのなんて初めてだな」
「なんだ、戸惑っているのか? 如何わしいものでもあるのかな?」
「なんでそうなるっ!!」
「とりあえず部屋散らかってたら片付けといて。
「作業……? 一体何を……?」
「ふふ、ミレイ様特製のパソコンでも作ってやろうと思って」
※ ※ ※
「ただいま」
レンの自宅。リビングで母親が頬杖をつきながらテレビを見ていた。
「おかえり」
「後で友達来るから部屋片付けてくる」
「あら、珍しい。いつもは遊びに行ってばかりなのに。私の知ってる人?」
実は、母にはミレイとの関係性は話していない。故に母はあの聖堂寺海玲と自分が一緒ゲームを作っているなんて知る由もない。
「あー……多分知ってる人だと思う」
「多分ってどういうことよ?」
小学生の時から今まで同じ学校に通っており、連絡網や保護者の集まる行事等で、どこかしらでその名を目にしているのは間違いない。
「……来たらわかるよ」
「?」
説明を省いたレンはミレイに言われた通りせっせかと部屋の掃除を始める。
しばらくすると、車のアイドリング音とともにレンのスマホにミレイからのメールが届いた。
『着いたぞ、出てきて機材を運ぶのを手伝って』
『わかった、今行く』
家の前に止まった車からミレイと小学生の頃にミレイの身回りの世話をしていたお手伝いさんの姿があった。
「あ、お久しぶりです」
「あら、蓮君? 随分と大きくなったね」
「中学生になってからは全然お会いしてなかったですもんね」
「急に呼びつけて悪いね、高木」
「いえ、海玲様や蓮君の為なら、これくらい構いませんよ」
大きめのワゴン車から大量の機材を運び出し、レンの部屋への搬入の準備を始める3人。
「お友達来たの?」
「ああ、ちょっと荷物運ぶからドタバタするかも」
荷出しに気づいたレンの母が様子を見に来た。その時、レンの母とミレイの目が合った。
「レン君のお母様ですか? 初めまして。私、聖堂寺海玲と申します。この度はお招き頂きありがとうございます」
「え、ええ……ごゆっくり」
予想外の来客にショートフリーズするレンの母。
「……レン! ちょっと来なさい!」
「うん? 今いくよ。悪いミレイ、ちょっと行ってくる」
レンが母の元へ向かうと、母が驚きを隠せない様子でレンの両肩を掴んだ。
「えっ!? 何!?」
「レンが言ってた友達って……もしかして、あの聖堂寺さん!?」
「そ、その聖堂寺さんだけど……」
「うそ、信じられない……レンがあんな御令嬢さんとお友達なんて!」
「確かに境遇で考えたら月とスッポンだな。話しには何となく聞いてたけどやっぱりミレイって有名人なんだな……」
「ママ友の会でも何度か話題に上がってた子だから。母さんの情報網は広いのよ! 粗相の無い様にね! もしかしてお付き合いしてるの? んもう!!」
レンの母は一人で徐々にヒートアップし始めている。
「母さんが一番粗相しそうだな……普通に友達だよ。まぁ、色々趣味が合ってさ」
「いけない! こんな事なら高い茶菓子の一つでも置いとくんだったわ……」
「よし、とりあえず部屋戻るから母さんはじっとしてて大丈夫だよ」
※ ※ ※
「びっくりするくらい面白味に欠ける部屋だな」
レンの部屋の第一印象として放たれた言葉はシンプルに辛辣だった。
「部屋に来て第一声がそれかい。一応ゲームや漫画とか色々あるんだがな、俺は寧ろ普段無表情気味なのに笑顔で挨拶するミレイにびっくりしたよ」
「初めてレンの家に来たんだ。どっかの誰かみたいに礼節を欠くのはどうかと思って」
「それ俺かな?」
「さぁ、やるか。パソコン!」
「スルーされた!?」
※ ※ ※
時間にして大体2時間半くらい、レンの部屋に立派過ぎるパソコンが誕生した。
「パソコンって本当に作れるんだな……しかも意外とこんな短時間で」
「そんな早いか? モノを選ばなければ1時間もかからないぞ? 今回はわざわざレンの為に色々盛り込んだから時間かかったけど」
「そ、そうなのか?」
「私の不用品の寄せ集めとはいえ、ストレージやグラボも最高品質の物だしモニターもスピーカー内蔵型の一番音質の良いもの、もちろんプロセッサやメモリも完璧だぞ! さらに私のカスタマイズ付きだ」
「つまりはスゴすぎて凄いパソコンということで宜しい……?」
「語彙力がないなレンは」
「悪かったな! でも、ありがとう。大事にする」
「人に何かしらプレゼントするのは初めてだったんだ。喜んでくれたのなら良かった。これを機にレンの頭のストレージもアップグレードするといい」
「ラストでなんとなく馬鹿にされたのはわかったわ」
※ ※ ※
――そして来たる、ミレイが渡航する日。
「別に、わざわざ見送りに来なくても良かったろう。今はスマホもパソコンもあるんだからやろうと思えば連絡は取れるだろう」
「そう言うなよ、何だかんだ人生の半分近くの時間一緒にゲーム作ってる相方が海外行くって言ってんだから見送りには行くさ。……それに、ギリギリになっちまったけど、これ」
レンはミレイに小さい包みを渡す。
「俺からの餞別だ。パソコン貰いっぱなしなのは流石に悪いしな」
「へぇ、開けてみてもいいかい?」
「ああ」
ミレイはリボンを解き包みを開ける。
「これは……? ネックレス?」
「その……俺も女の子に何かプレゼントするの初めてだからあんま自信ないけど……」
「このトップの石、タンザナイトか」
ミレイの手の上で光に当たったタンザナイトが群青色に反射する。
「さすがだな、合ってるよ。その石には知性とか希望とか、あと問題解決って意味もあるみたいなんだ。あと、ミレイがアクセサリー付けてるところ見たことなかったからどうかなって……」
「……綺麗じゃないか。ありがとう、レン」
彼女は満面の笑みを見せる。中学生になって多少感情が柔らかくなったミレイだが、今見せた笑顔はレンが今まで見たミレイの笑顔で一番嬉しそうで輝いた笑顔だった。
「じゃあ、行ってくる」
「身体冷やすなよ」
「ああ」
――そして、ミレイは日本を経った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます