第2話 秘密の馴れ初め

―――ミレイとの出会いは11年前に遡る。


 ミレイは両親の仕事の都合でこの街へ引っ越してきた。そしてレンの通っている小学校へと転校してきた。当時、彼女の素性を知らなかったレンは地味で大人しい女の子にしか見えていなかった。ある日、偶然体育倉庫の裏にコソコソと向かうミレイを見かけた。


「あいつ、何か持ってたな……ゲーム機?」


 ミレイは、人目の無い所でよくポーダブル型のゲームと思わしきものを弄っていた。たまたまそれを見かけたレンは彼女がやっている「ゲーム」が気になっていた。流行っているゲームでもなければ、市販されているゲームとしても見覚えがなかった物だったからだ。


「なぁ、それなんだ?」


 呼びかけられて、レンの存在に気付いたミレイはハッと振り向いた。


「何このゲーム? 初めて見るけどなんて言うゲームなんだ?」

「……名前はまだつけてない」

「名前がない? どういうこと?」

「だって、昨日ようやくプレイ出来るレベルまでばかりなんだから、名前を決めてなかったんだよ」


 予想だにしない彼女の返答でレンが固まる。小学生のレンからしてみればゲームとは親におねだりして買ってもらう物としてのイメージが強く、自分で作って自分でプレイするという概念はカケラも持ち合わせているはずもない。


「……それ、全部お前が作ったのか?」

「内部の基本的なプログラムは全て私が構成した。外枠は親に手伝ってもらったけどね」

「……なんか、すげえ! お前普段目立たないからどんな奴かと思ってたけどそんなすごい奴だったんだ!」

「はっ……?」


 今度はミレイが固まる。初めて交わした会話で、突拍子もない内容にも関わらず、微塵も疑う事もなくレンが納得したからだ。


「単純というか純粋だねぇ、君。良くも悪くも今はあまり目立ちたくないんだ。だからこのことは内緒にして欲し……」

「俺、『折原蓮おりはられん』って言うんだ! お前の名前何て読むんだったっけ……? 海、うみ……?」


 彼女の会話へ食い気味にレンは話しかけた。


「同じクラスなんだから名前くらい知ってるよ……私は海玲みれい。『みれい』って読むの」

「ミレイ、ミレイな! よし、覚えたぜ! なぁミレイ、他にも何かゲーム作ったりしてるのか?」

「まあ構想は色々あるけど」

「そしたら学校終わったらミレイんちに遊びに行ってもいいか!?」

「……君は中々、図々ずうずうしいね、――まあ別に構わないよ」


 放課後、レンはいつもの帰り道を外れ、ミレイの後を追いながら歩いていった。


「着いたよ。ここ、私の家」

「俺んちよりずっとデカい家だ……」

「そう? 確かにこの辺だと大きいかもね。他人の家に行ったり、学校の人を連れて来たりするのは初めてだから気にしてなかったけど」

「そ、そうなの?」

「海玲様、お帰りなさいませ! あら、そちらの方は御学友ごがくゆうの方ですか?」


 玄関の扉が開き、奥から割烹着の様な物を着た女性が出迎えてきた。


「初めまして、おじゃましまーす。あの、ゴガクユウってなんですか?」

「御学友とはですね、学校のお友達という意味で御座いますよ」

「そっか! そうだよ!」

「いつから私と君が友達になったんだい?」


 レンの間髪入れない返答にミレイは目を細め、バツの悪そうな顔でレンを睨みつけた。


「そんな固いこと言うなよミレイ! なんなら俺のこともレンって呼んでくれよ!」

「はぁ……まあいいか、お茶でも出してあげて。私の部屋こっち」


 問答に余計な体力が消費されるのが目に見えたミレイは割りとすんなりレンを部屋に案内する。


「ここがミレイの部屋? なんかドアに電卓みたいの付いてるけど……」

「パスコード入力用のテンキーと指紋・静脈認証用のタッチパッドだよ」

「なんか……アニメや映画で見たことあるかも」

「パスコード入れるからこっち見ないで……あぁ、でも見たところで16桁あるから覚えられないか」


 ミレイは手慣れた手付きでパスコードを入れて、指紋・静脈の認証も解除していく。ミレイの後を追ってレンも部屋の中へ入った。部屋も家の大きさに比例するかの如く広かった。部屋には年相応のオモチャ、ぬいぐるみや漫画というものは見当たらず、代わりにパソコンが数台、見慣れない機械が所狭しと並んでいた。


「見たことない機械がいっぱいある……」

「そこら辺に適当に座って。さっきも言ったけど自分の部屋に人を入れるなんて初めてだからもてなし方なんて知らないよ?」

「これも、こっちも! ミレイの部屋にある物ほとんど見た事ないものばかりだ!」


 レンはミレイの話しをそっちのけで部屋にある機械の数々を見て目を光らせていた。レンはゲームを始め、ロボットやSF物が好きであり、ミレイの部屋はまさにレンにとってドツボにはまるものだった。


「外国からの物が多いからね。お母さんもお父さんも海外で仕事してるから」

「えっ? じゃさっきの玄関で会った人は?」

「お手伝いさんとでも言うのかな。そもそも親が自分の子どもを様付けて呼ばないでしょ……」

「……へぇ、面白え!」

「はっ?」

「ミレイも! ミレイんちも! ミレイが持ってるものも! 面白いな!」

「そうなの? 私にはよく分からないな」

「そうだよ! 何でこんな面白いものばかりなのにミレイはずっとムスってしてんの?」

「……さぁ? 私からしてみれば全部普段通りだし。君というイレギュラーを除けばね」

「いれぎゅらー? ミレイの言葉って難しいな……もしかしてミレイて頭いいの?」

「そりゃあ何をするにしたって知識がないと、自身の理想とするものなんて作れないからね」

「じゃあ学校のテストで全部100点とかも余裕なんじゃ?」

「そんなことしたら目立つだろう。テストの点数は全体の8割程度になる様に調整してるよ」

「やっぱすごいね、ミレイって……」


 子どもながらレンもミレイが天才だというのは何となく理解した。そしてレンはこれから先、さらにミレイの天才恐ろしさを知ることになっていくのだった。

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