彼女にはデバッグが必要です

輝夜流星

0章 プロローグ

第1話 折原蓮と聖堂寺海玲

 とあるアパートの一室、冷房を付けてアイスをかじり始める青年――「折原蓮オリハラ レン」のスマホに一通のメールが届いた。


「この名打てのスナイパーのヘッドショットの様なタイミング、もしかして……」


 レンは顔をしかめつつ、赤みがかった短い髪をクシャクシャしながらメールの内容を確認する。


『どうせ夏休みで暇を持て余しているのだろう? 時間帯と気候から推測するに寝転がりながらアイスでもかじっているとみた。数分後に私の家に来て欲しい。忙しくて猫の手もレンの手も借りたいんだ。あ、あとお土産も宜しく』


 メールの差出し人は「聖堂寺海玲セイドウジ ミレイ」、レンの幼馴染だ。


「流石だな……まだアイスの袋あけて一口目だぞ? 俺の部屋かスマホに監視カメラでも仕込んでるのか?」


 レンはミレイから届いたメールに続きがあることに気付き、下にスクロールする。


『アイスを食べてるというのは、あくまで今までの統計的予測であり、監視カメラとかは仕掛けてないぞ。安心するがいい』


「安心出来ねーよ!!」


 レンは気を取り直し、いつもの調子で『すぐ行く』と返信して身支度を始めた。

 使い古した原付きを出してレンはミレイの家へと向かった。道中寄ったスーパーでお土産と称した、袋一杯の甘い物を買い込んでいく。

 数分後、レンはミレイの家へと着く。原付きを停めてヘルメットを外しインターフォンへと手を掛ける。


「よく来たね、待っていたよ」


 レンがインターフォンを鳴らす直前に玄関の扉が開いた。玄関と扉の隙間からラセットブラウンの髪で長いポニーテールと白いカットソー姿の彼女がひょっこりと顔を覗かせていた。


「まだインターフォンに手を添えただけなんだが……なぁ、やっぱり監視カメラの類いか何か仕込んでないか?」

「レンとは長い付き合いなんだ、そんな無駄な事をしなくても大体の行動は読めるぞ」

「それはそれでおっかないな……」


 不敵な笑みを浮かべる彼女――聖堂寺海玲。レンの幼馴染であり、俗に言う天才である。運動を除けば彼女の成績は子どもの頃からトップレベル。特に理系の分野に突出していて、もはや常人では理解できないような域に達している。


「おお、私の好きなものばかりじゃないか! さすがレン、わかっているな! 私にお菓子を買ってくる為にレンがいるといっても過言じゃない」


 ミレイはレンからお菓子の詰め合わせ土産と称された物を奪取し、目をキラキラ光らせて袋の中のお菓子をかき分けていく。レンには彼女の腰まで届きそうな長いポニーテールが犬の尻尾の様にフリフリ動いて喜んでいる様に見えていた。


「お菓子買うだけは過言だよな? 過言であって欲しい。もうちょっと存在意義ちょうだい」

「冗談だ。いつもありがとう。お菓子の代金と手間賃だが、そこにある封筒から適当に抜いてくれ。いつも買ってきてもらってばかりじゃ悪いしな」


 レンはミレイの指差す方に目をやると、封筒それ自身で直立しそうなほど妙に厚みのある封筒を見つける。


「適当にって、えっ……? この封筒……万札しか入ってないんですけど?」


 特に深く考えず中身を見たらオール万札。封筒を取ったレンの手はプルプル震えていた。


「あぁ、すまない足りないか? それとも小切手とかの方が良かったか?」

「そういう意味じゃねぇよ!? 今日と同じ会合を数回やっても万札これ一枚でお釣りがくるわ! ……つーか、ミレイには世話になってるし、このくらいのお菓子代なら俺持ちでいいよ」

「ほう、欲のないやつだ。まあそういうところは嫌いじゃないぞ」


 ミレイはレンの反応にキョトンとするが、いつもながらの様子を見てフフンと鼻で笑った。


 この聖堂寺海玲、父親は優秀な研究員らしく、聞いたところによると脳波だか何だかの研究をしているとのこと。母親は母親で一流IT企業のプログラマーらしい。その結果、スーパー金持ち天才サラブレッドとして誕生したのが彼女である。


「そういえば、もう何年もご両親を見てないけどまだ二人とも海外で仕事してるのか?」

「ああ、たまにエアメールが来るよ。まだ当分帰ってきそうにないがな」


 昔はミレイの家には、両親が不在の兼ね合いでお手伝いさんがいた。しかし、ミレイが自立する歳にもなり、お役御免やくごめんとなっていて、今じゃ実質この豪邸に一人で暮らしている様なものだ。


「そういや、今日は何の要件で呼び出したんだ?」

「大した用じゃないんだけど、人体実験に付き合ってもらおうかと思って」

「人体実験が大した用じゃないだとぉっっ!?」

「まあまあそう言わずに。とりあえず私の部屋ラボに上がってくれ。私には色々世話になったのだろう?」

「ぐっ……!」


 レンはミレイに今まで数々の実験や雑務に付き合わされていた。備品の買い物や片付けに始まり、時には針で突かれたり、ちょっと強めな電力を流されたりしていた。しかし、彼女には中々頭が上がらない理由があった。


「中学生の時、レンのテストの平均点を30点上げたのは誰が勉強を教えたからだ?」

「ミレイです……」

「同じく中学生の時、レンが水没させたスマートフォンの修理とデータのサルベージをしたのは?」

「ミレイです……」

「レンが数年前から使ってる超ハイスペックなパソコンの作成者は?」

「ミレイ……です」

「よぉし、部屋にあがろうか!」

「うっす……」


 ミレイは二人分のコップにお茶を入れて、部屋のドアを開ける。


「自分の家や部屋の事をラボと称するのはミレイくらいだろうな」

「そりゃあ私の仕事スペースだからな。とにかく、見てほしい。漸く、長年の努力が実りそうなんだ」

「――まさか! 努力が実りそうって、ずっと前から話してたあの『ゲーム』が!?」

「ああ、VRをも超えた、脳へ干渉かんしょうして電子信号と脳波をリンクさせる究極のフルダイブ型オープンワールドゲーム『ウィスタリア』。遂に完成が見えてきたんだ。後は細かな微修正とデバッグが必要なんだ」

「なるほどな、後は最終チェックか。でもミレイがこれだけ時間をかけて作ったものなら問題ないんじゃないか? そもそもミレイが間違えミスることなんてあるのか?」


 レンの発言にミレイは呆れ顔で溜息をつく。


「あのねぇ……私は神様じゃないんだ。人間である以上、ヒューマンエラーは起こり得る。レンも知ってるだろう?」

「……とはいえ、本当に完成させちまうって言うんだから凄いよな。初めて聞いた時は夢みたいな話しだったのに」

「企画の構想に15年、プログラムの構築に11年、リンクシステムの実装13年、位相空間いそうくうかんへの応用に3年くらい? それにフルダイブ技術の導入と脳へのインプットやアウトプットの操作、NPCごとの成長型人工知能の付与それから……」


 レンは子どもの頃からミレイを見てきているが、未だに彼女の繰り出す単語の意味や意図の大半がよく分かっていない。


「よし、分からんけどとにかくトンデモない物なのは重々理解した。毎回思うが、俺とミレイって本当に同い年なのか……? 何か住んでる世界が違い過ぎてさ」

「同じ学校の同じクラスだったんだから今はお互い19歳に決まってるじゃないか?」


 ここまで、人としてのスペックが違うと同い年以前に本当に同じ人間かどうかすらも疑わしくなる。


「ふふ、覚えているかい? このゲームを完成まで後押ししてくれたのはレンのおかげでもあるんだ」


 このゲームにレンが携わったのは、二人がまだ小学生の時の話し。ミレイという存在を、初めて知った時だった―――

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