第2話 流行りと厨房
最近、
あんなに忌々しかった時計の針や数字が、とても可愛らしい装飾品に大変身していたのです。
そのお話を、最近お屋敷にこもりがちなダリアお嬢様に報告いたしましたところ……
「時計で毎日を、一風変わって彩るなんて。おもしろそうですわね」
と、にっこり。
んんんんんん!! この笑顔のために生きていると言っても過言ではありません。
我々使用人一同(ちなみに全員を巻き込んだのはわたくしです)、流行を取り入れた生活を、このお屋敷でも実践してみることをお嬢様にご提案いたしました。
「あら、あんまり派手なアクセサリーは、ちょっとわたくしには……」
なんという、奥ゆかしいご謙遜でしょう。
必要以上に着飾らないお嬢様ですから、我々使用人は相談し合い、お嬢様が日々お口にするお菓子やお料理に取り入れようということになりました。お嬢様は物欲もあまりなく、家具などもめったに新調なさいませんので、時計モチーフの小物類を勝手に増やすわけにも参りません。でしたら、食べてすぐになくなってしまい、毎日目にして楽しめる食べ物にしようということになったのです。
もちろん、お嬢様にも許可をいただきましたとも。突然食事が時計まみれになっては、驚かれるでしょうからね。
「メイド長、今お手は空いていますか?」
屋敷の金庫室で、使用人たちの給与明細書を整理していたわたくしのもとに、メイドの一人が扉越しに声をかけました。
「手は空いてはいませんが、どうしたのですか?」
「じつは、厨房のスティーブが――」
コックのスティーブがお嬢様への朝食作りで悩んでいると言うので、わたくしは様子を見に厨房へ入りました。
人手不足が一番甚だしい厨房は、なんと彼一人だけが担っている始末。わたくし達も手が空き次第、彼を手伝ってはおりますよ? 明日の仕込みのための野菜の皮むきに、食器洗いに。一つ一つの作業は、軽く感じるのですが、これが毎日だとなかなかに重労働です。
「う〜ん」
スティーブが調理台に置いた料理を目の前に、両腕を組んで悩んでいます。真っ白なお皿の上で、湯気を立てる白身魚のムニエル、その上に、鮮やかな黄緑色の絹さやを時計の指針に見立て、周りにブラックペッパーとピンクペッパーを六粒ずつ交互に並べて、時計版を表現していました。
「これは朝から重いかなぁ? ディナーみたいだ」
ぶつぶつと、何を悩んでいるのやら、わたくしには充分可愛らしいモーニングだと思うのですが、どうにもスティーブの美的感覚にそぐわないようです。
「スティーブ、ちょっとよろしいかしら」
「うわあ! メイド長」
たった今わたくしに気が付いたのですわね。
「そのお料理、湯気が出ていますけど、まだお嬢様はお目覚めではありませんよ。このままでは冷めてしまいますが、どうなさるの?」
「ああ、えっと、これはお嬢様にお出しするためじゃなくて、練習用に俺が作ったものなんです。時計を模したおしゃれで愛らしい料理のネタが、いまいち頭に浮かんでこなくて……こんなこと初めてだ。俺の才能も、枯れてしまったのだろうか」
「思い詰めが過ぎますわ。才能の有無はともかくとして、どんな人にも向き不向きはありますもの。わたくしはー、このお料理のデザインは素敵だと思いますけどね」
「……俺は、納得できない」
「でしたら、普通のお料理をお出しなさいな。ご自分で納得のいかないものを、誰かに出すのが嫌なのでしょ?」
黙ってうなずくスティーブ。彼は料理人、そして、こだわりの強い芸術家です。
まだまだ悩み続けるご様子……絶賛スランプのようですわね。わたくしが時計の提案を持ち掛けたときは、任せてくれと力強く豪語してくれたので、何も心配していなかったのですが。ここは彼にがんばってもらい、なんとかアイデアをひねり出してもらいましょう。お嬢様に、楽しみになさってもらうよう申し上げてしまった手前、やっぱりやめるなんてこと、できませんもの。
さてと、いつまでも厨房を手伝うわけにはいきません、なにぶん人手不足ですから、食堂のテーブルクロスなどのカトラリーを揃えるのも、わたくしの仕事なのです。急いで食堂に向かいませんと。
「あ、おはようございまーす、トリシア様〜」
脚立に乗ったマリアンヌが、廊下に飾られた大きな絵画にハタキをかけています。って、窓を開けてから掃除なさいと、あれほど言っておいたのに。
「マリアンヌ、埃が出るお掃除のときは、大きく窓を開けるのですよ」
「あ、はーい」
「それと、お嬢様が食堂へ向かう時間までには全て終わらせておきなさい。埃が舞う廊下を、お嬢様に歩かせてはなりませんよ」
「はーい、これでちょうど最後なんです。絨毯に落ちた埃も、ちゃーんとお掃除しますよ」
脚立から降りて、いそいそと窓を開け始めるマリアンヌ。その際、古風なメイド服の長いスカートが、派手にめくれ上がりました。ハア……朝からあまりツッコミを入れるものではありませんね、これでも当初の頃と比べたら、大きく進歩している人です。成長してゆく姿を見守るのも、上に立つ者の仕事です。
「トリシア様、さっきまで厨房にいたんですか?」
「え?」
「厨房の扉が開く音がしたんです。ほら、ここって静かじゃないですか、だから、どの部屋で人が出入りしたのかが、なんとなくわかるんですよね」
「そうですか。べつにつまみ食いしていたわけではありませんよ、あなたじゃあるまいし」
「わかってますよ~。あのコックさんって、ぜんぜん隙がないですものね」
……彼に隙があったら、つまみ食いされていたかもしれませんね。
ああ、そうです、食べることが何よりも大好きな彼女なら、何か良いアイデアを出してくれるかもしれません。尋ねてみましょうか。
「え? 時計っぽい料理が作れなくて、コックさんが困ってるんですか? それなら、動物さんをモチーフにしてはどうでしょうか、それか、お花モチーフとか。時計と組み合わせてみるんです。そうすれば、苦手な時計ばかりに必死にならなくていいんじゃないですか?」
「なるほど。もう一つ別のモチーフを作ってみるという事ですね。良い案です」
「わ〜い! 朝から褒められちゃいました! あたしも〜、お仕事が大変だなぁとか辛いなぁって思うときは、頭の中のお庭に動物さんをたくさん思い浮かべて、みんなして遊ぶんです。ふふふ、とっても楽しいんですよ? そのせいで目の前のお仕事に集中できなくなって、この間なんてお皿を二枚も終わっちゃって……ああ!!」
「今のは初耳です、マリアンヌ。後でぜひ詳しくお話を聞かせてくださいな」
「うええぇ、ごめんなさいぃ」
「今ここで謝られても、詳しく調べることができませんから、あ・と・で! きっちり詳細をお話ししてくださいね」
「ふぁ〜い……」
「では、わたくしは仕事があるので失礼します」
彼女は仕事を覚えてきたと同時に、仕事のミスを隠す小賢しさも身に付けてしまいました。全く、世話の焼けるメイドです。
元・探偵悪役令嬢「フレーバー・テキストでお茶会を開きましょう」【第一編・完】 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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