第1話   真夜中の夢見

 時々、夢を見るんだ。それも、とびきり良くない夢をね。



 あの時こうしていれば、と後悔するきっかけとなった、あの日の夢。



 今更やり直せるわけないのに、あの時こうしていたらとか、悪あがきせずに諦めていたら、とか……そんなの当時の私にしつこく助言してあげたって、従うわけないのに。



 始まりはいつだって、あのきれいな砂浜を歩くところから。


 今よりもずっとずっと幼かった私は、「船がよく通るから、表側の浜辺に出てはいけない。漁業や拾い物をするときは、裏側の浜辺を使用すること」という長老の言いつけに、いつも反感を抱いていた。


 古くからこの島に住んでいる私たちが、どうして最近増えてきた船に遠慮しなければならないのか。表側の砂浜のほうが広いし、綺麗だし、いろいろな物が流れてくるのに、拾いに行ってはいけないだなんて。大きくてキレイな貝殻や、ガラスでできた飾り小箱、いろんな国の硬貨に、木彫りの動物の人形などなど、海流の影響もあってか表側の砂浜の方がよっぽど面白かった。


 裏側の砂浜は、いつも陰っていて、朽ちて柔らかくなった流木や、いろいろな植物の葉っぱが絡まった材木ゴミ、異臭を放つ魚の亡骸に、腐った海藻などなど、良い物は本当にごく稀にしか漂着しなかった。さらに表側とは比べ物にならないくらい魚が獲れなかった。私の住んでいた島は、本当に両極端な海流に在ったもんだ。


 その日は、友達と一緒に表側の砂浜で、拾い物をして遊んでいた。若者の大半が、長老からの言いつけに反発しており、砂浜を歩いていたのは私たちだけじゃなかった。自分だけが規則を破っているわけではないという事実が、私の罪悪感を薄くしてしまったんだと、今ならわかる。だからこそ当時の自分に今の自分がお説教したって、聞き入れてもらえるわけがないってわかってしまうんだ。まだ十歳だったし、みんなが楽しいことして遊んでたら、その誘惑にはとても勝てなかった。


 永らく無人島だと思われていて、世界のどこからも気にされなかった秘島。そこに船が近づいてきたときは、さすがにみんな、まずいと思ったはずだ。私たちは島の奥深くへと逃げ、でも表側の砂浜に行ったことを大人たちに知られたくなくて、みんなして黙っていた。子供だったから、と言う言い訳だけでは済まされないほどの、大規模な悲劇の始まりになるとは、想像もしていなかったんだ。


 船は、きっと望遠鏡か何かで私たちを捜していたんだと思う。世界のどこかに呪詛を生業とする島民がいる、というデマが、密かに航海者の間で囁かれていた時期だった。ただの噂だ、私たちにそんな力はない。


 しばらくして、ちっとも華やかではない、だけど地味とも違う、大きくて無骨な船が、数隻、表側の砂浜に停泊した。


 何事かと駆けつけてきた大人たちは、船から飛び降りてきた船員に次々と斬りつけられた。完全武装した船員は、見たこともない大きな刃物を振り回し、表側の砂浜に島民の鮮血が飛び散った。


 若くて美人な女性たちだけが、船に無理やり乗せられていった。彼らは島民と交流することは端から考えておらず、あれよと言う間の略奪行為に、物陰から様子をうかがっていた私と友達は言葉を失い、あっさりと船員に見つかって、二人とも捕まった。


 ……当時の世界情勢は非常に不安定で、未来につなげる異文化交流よりも、今そこにある貴金属と、金になりそうな娘に、目がなかったのだろう。


 私は十歳だった。ガリガリに痩せていて、美しくはなかった。でも、まだ若いから労働者として使えるという理由で、船に乗せられそうになった。あのとき、従順にしていれば、今と結果は違っていたのかな。怖かった私は甲板から飛び降りて、浅瀬を走って島の中に逃げこんだんだ。追いかけてきた船員が、島の奥深くにまで入ってきて、ついでとばかりに略奪行為を行なっていった。


 樹木の葉っぱを幾重にも重ねて編み上げた屋根に、火が放たれてゆく。


 ろくな武器を持っていない島民めがけて、刀身の長いつるぎが振り下ろされる。


 島の奥深くに隠れていた住民たちまで、あぶり出されて殺された。私が島中を逃げ回らなければ、彼らは今でも島のどこかで、たくましく隠れ住んでいたかも……大自然の中で生き抜く力強さなら、彼らほど群を抜いた人たちを未だに見たことがなかった。



 島の中央には、祭壇が建つ広場があった。自由気ままな住民の心を、一つに固く結び付ける、そんな絆が育まれる特別な場所だ。私は祭壇の中に隠れて、祀られていた三体のお人形の、真ん中の子に抱きついて、じっとしていた。大きな人形たちだから、しゃがんで後ろに隠れることができたんだ。


 それでも、私の手足が完全に隠れていたわけじゃなかった。恐怖で勝手に震える体を、ガチガチとなる歯を、お願いだから静かにしてと心の中で必死に叱責し、周囲から船員たちの気配が遠ざかるのを必死で待った。


 しかし、彼らは祭壇の中に入ってきた。


 祭壇の中は特別な空間であり、形と色が良い貝殻や、色とりどりのガラス玉、壊れて動かない懐中時計や万年筆などの貴金属が、これまたどこかから漂着した文机に並べられ、見映えよく綺麗に飾られていた。祭壇にある物は、全て海からの拾い物。あの三体の、本物の子供のように可愛いお人形たちも、表の浜辺に流れついた物だと伝わっている。まだ世界が平和で、航海技術もそこまで発展していなくて、私たちのご先祖様が表側の海岸からいろいろな恩恵を自由に手に入れることができていた、そんな時代からの飾り物だった。


 やってきた船員たちに蹴倒され、粉々に割られて、金になりそうな貴金属のみが、彼らのポケットに突っ込まれていく。


 祭壇の奥にいた私は彼らに見つかり、引きずり出された。お人形三体は貴金属でお姫様みたいに飾られていたからか、髪の毛をつかんで引き倒され、顔が割れてしまった。彼らには、これが神様にも可愛いお人形にも見えなかったんだろう。島で採れた花とか虫の粉で、濃いめにお化粧されてたからね。


 それでも祭壇の雰囲気的に、とても大事にされていた像だと判断できるようなものだけど。彼らは心の底から、私たちの文化に興味がなかったんだね。


 ほんの少しでも……私たちに共感し、同情してくれる人が、船員たちの中にいてくれたら、ここまでの事はされなかっただろう。


 子供を含めた若い女性のみが、船の倉庫に押し込められた。みんな発狂したかのように泣き叫んでいた。


 私はあまりのことに放心し、声を失い、その後三ヶ月ほど口が効けなくなってしまった。みんなとも離れ離れになり、私は市場で子ヤギのように紐で繋がれ、そして何日か後、一人の貴族に買い取られた。



 これ以上の悪夢を、私は見たことがない。あっと言う間の出来事のように一瞬で、一晩で、魂に強くこびりついた悲劇のみが強調されて繰り返される。そして目が覚めた後は、二度目の生の現実を私に突き付ける寝台の天蓋に、窓からの白い光が差し込んでいるんだ。


 私は転生した。


 私を買い取った男の、娘として。


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