第32話 カレン様からの招待状
デイドリーム家の家紋付きの封蝋がされたお手紙が届いた時は、てっきり旦那様からの何かの知らせかと思ったのですが、差出人のお名前には、ベンジャミン様の文字が。いったい、どんなペン先を使えば、こんなに細ーい文字が書けるのやら。見るからに繊細な筆圧を要求されそうです。
「ええ? お兄様から手紙が? 見せて、トリー」
お嬢様は手紙をペーパーナイフで開封すると、飴細工のようにか細い文字の羅列を、目を弧にして嬉しそうにされながら眺めていました。
「お兄様は覚えてないかもしれないけど、私がこのお屋敷に軟禁される前は、よく一緒にお菓子を食べてたんだよ。上の兄さんと姉さんが、お菓子を食べると太っちゃうって言い出して、お茶会に参加してくれなくなっちゃったからさぁ、一緒に食べる相手は、私たち弟や妹だったんだ」
「そうだったんですか……」
たとえ食べる相手が年下しか選べなかったのだとしても、お嬢様にとっては、嬉しかった思い出の一つなのですね。
そして本日、カレン様からもお手紙が届いた時は、なんと
封蝋一つ以外は何も書かれていない真っ白い封筒を、自室で受け取ったお嬢様は、窓から差し込む日差しに、封筒を掲げました。中身を透かせて、危ない物が入っていないか確認されたようです。
「……異物は入ってないみたいだね。開けてみるよ」
お嬢様は小さな文机からペーパーナイフを取り出して、封筒の折り目にナイフの先端を差し込むと、少しぎこちない動きで、サクサクと封を破りました。
お嬢様が手紙を広げて読了するまでの間、わたくしは壁際で待機しておりました。
やがて、張りつめていた空気を一気に解放したかのようなため息をついて、お嬢様が椅子にお座りになりました。しばし思案されているようなので、私は黙って待っておりました。
「……トリー、カレン様からお茶会のお誘いだよ」
「なんですって!? あんなことがあったのに、よくもまぁ、こんな……手を抜いた招待状が送れるものですね」
「いいや、私たちを粗末に扱ってのことじゃないよ。もうじきご自分の領土に帰るから、その前に、こんな事件を起こした真相を、私に打ち明けたいそうだよ」
「真相だなんて……どうせ被害妄想を軸にした作り話でしょう。いったいどんな理由があって、お嬢様の時間を煩わせたと言うのでしょうか。ふてぶてしいにもほどがあります」
差し出がましいことを承知で、わたくしは今度こそ、お嬢様をお止めしようと思いました。しかし、
「私は、このお茶会に行ってみようと思う」
「はい?」
「今回は、私が一方的にカレン様を攻撃しただけで、真相も何もはっきりしていないんだ。いったい私は、何と戦っていたのか、それを知るには、足を使って探っていかないといけない」
「まだ調査するおつもりなのですか?」
手紙からわたくしへと顔を向けたお嬢様が、ニヤッと笑って見せました。いつもの優しい笑みではなくて、好奇心に駆られた少女のような、残忍さと無邪気さを称えていらっしゃいます。
「うん。他ならぬ我が国の陛下と、私の大事な依頼人である、君の為にさ」
「へえ!? わ、わわ、わたくしのため!? 趣味ではなくてですか!?」
「え……? まあ、趣味も兼ねてるけど。どうかしたの?」
不思議そうにしているお嬢様に、わたくしは、何も言えなくなってしまったのです。
「な、なんでもありません……」
「そう? なんだか、顔が赤くなってるけど……まぁいいや、忙しい彼女を待たせちゃ悪いし、こっちも急いで向かおう。トリー、馬車の用意をお願い」
「かしこまりました……」
別荘「居眠りの窓辺」へと馬車を急がせ、丸一日かけて、ようやく別荘地の門の前に到着した頃には、さすがに疲れてしまいました。お嬢様も、少し顔色が優れなくて心配ですが、「カレン様の抱える真実を知るのが、楽しみで眠れなかっただけだよ」などとおっしゃいますので、呆れて何も言えませんでした。
推理の組み立てや、真実を追い求めるのは、お嬢様の娯楽ですから……。
別荘地へと赴いたのは、御者の男性と、お嬢様とわたくしの三人だけ。さらに御者には馬車の見張りという役割がありますから、別荘地の門の前に、馬車と馬たちとともに待機させております。
つまりは、わたくしとお嬢様の二人だけ。不用心に思うかもしれませんが、人数が少ない方が、わたくしがお嬢様の護身のために動きやすいのです。
その旨を考慮してくださったお嬢様には、大変感謝しております。絶対に、お守りしなくては!!
「うん……? なんだか、焦げ臭くない? 何かが焼けるような臭いがするよ」
「ええ……? 確かに、異臭がしますね」
「急ごう。カレン様が何かを隠そうとして、燃やしているのかもしれない」
わたくしたちは、別荘に至る坂を小走りに急ぎました。変な臭いは、どんどん強くなっていきます。何かがパチパチと爆ぜる音もします。デイドリーム家の憩いの別荘地で、ボヤなど起こされては大変です!
走っている途中で、足音が一人分減っていることに気がつき、わたくしも立ち止まって振り向きました。
「お嬢様? じゃなかったダリアさん、どうかなさいましたか?」
「今、男の人がいたような気がしたんだけど」
お嬢様は道脇の、手入れの間に合っていない雑草まみれの陰の辺りを注視していました。別荘地周辺は、近くの農村に管理を任せているそうですが、なにぶん少人数の集落ですので、ほとんどここまで手が回っておりません。
こんな所に隠れている暇な男性がいるとしたら、それはカレン様の熱烈なファンか、仕事をサボっている使用人ではないかと、わたくしは思いました。
「ダリアさん、おそらくはカレン様が雇っている使用人の男でしょう。昼間から飲んだくれておりましたから、酔い覚ましに外の風に当たっているのかもしれません」
「そっかぁ……」
お嬢様はなんとなく腑に落ちないお顔でしたが、先をお急ぎになりました。
居眠りの窓辺を訪れた我々が目にしたのは、別荘を背景に、メイドたちが大きな焚き火を囲んでいる異様な光景でした。
よく見ると、ただの焚き火ではありません。メイドたちは、少し前まで夢のように別荘を飾り立てていたぬいぐるみや、包装紙、その他、可愛らしくも耐火性のない小物類を、次々に炎へ投げて燃やしていたのです。
変な臭いも、パチパチと鳴る音も、全てはここから発生していたのです。
あら……? あの酔っ払いのおじちゃんも、ここで焚き火の薪を
炎を見下ろしているのは、使用人だけではありませんでした。皆から離れた後方で立っていたのは、ずいぶんとラフな、ともすればそのまま横になれそうなほどラフな白い綿製のワンピースをまとった、カレン様でした。金色の瞳を険しくし、黒く焦げてゆく証拠物たちを、じっと見つめております。
その瞳が、ついと我々のほうへ向けられました。
お嬢様が静かに一礼し、緑色のケープのフードが柔らかく上下に揺れました。わたくしも深々とお辞儀いたしました。藍色に染まったケープのフードが、わたくしの頭上で揺れるのを感じました。
「ダリアさん、お待ちしておりましたわ。本当に何もない場所ですけど、中へどうぞ」
そう言ってカレン様は元気のないご様子で、玄関扉へと歩いてゆきます。
我々の案内を務めたのは、あの古びたリュックサックのメイドでした。カレン様とは対照的に、活き活きとお顔が輝いています。
いったい、何が我々を待ち受けているのでしょうか。たとえ何が待っていようとも、わたくしのやる事はただ一つ、お嬢様をお守りすることです!
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