第27話   断罪!カレン・テイラー②

「全部ただの憶測でしょう? わたくしがこのお屋敷に入らずに外でのお茶会を望んだのも、この屋敷にある古い道具たちを警戒したから? 違いますわよ、ええ、まったく違いますわ。わたくしはずっと室内に閉じこもっていましたから、今日は一日中、お外を満喫しようと思ったのです。たったそれだけ」


「それだけの気まぐれだけど、私たち目下の者は従うしかないんだって、あなたはわかっていた。サロンではずっとそうやって、わがまま放題に遊んできたから」


「わっ……わたくしが来客に少しも気を遣わず生きてきたと、本気で思ってるの?」


「このお茶、私は飲まないよ。クッキーも何も、ここにある物は全て食べない」


「なっ、またなの!? 前回もお飲みにならなかったわよね!」


 すごい慌てようですね。目下の女性から何かを断られることに、慣れていないのでしょうか。「あら、そう? 残念ね」の一言で済む話ですのに、飲みたくない相手に食い下がること自体、器が知れます。


「失恋で錯乱状態の人間に、正常な判断ができるかどうかなんて、誰も期待しない。その偏見すら利用したあなたは、わざと新米メイドばかりを馬車に詰めて別荘に連れてきた。右も左もわからないままに、彼女たちはいつ終わるともしれない劣悪な環境下で、ひどいストレス状態だった。それこそ、暴力沙汰や殺人事件が起きそうなくらいに」


「どうして、目上の女性に恥を掻かせるような真似ばかり。用意してもらったのだから、一口くらい食べるのが礼儀よ、ダリアさん」


「忠臣クリスティーナと結託して、わざとメイドたちを苦しめてたんだろ? 人はお金だけでは満たされないものがあるんだよ。大金を積まれちゃ辞められないけど、それ故に、彼女たちは苦しんだ。もしかしたら、お茶に毒でも入れちゃうかもしれないね? それを不運にも私が、飲んじゃうかもしれないね?」


「ほんっとに想像力が豊かね……いいえ、その濃厚な被害妄想は、どこぞへ入院するのをお勧めする酷さだわ」


「きみの忠臣クリスティーナを、ここへ呼んで。毒味をしてもらう」


 ダリアお嬢様が片手でカップをつまんで、鼻先へ運びました。わたくしからは、ほとんど透明なお湯であることしか確認できません。


「これ、ミントティー? それにしちゃあ、変な臭いがするね」


「え? に、臭いって、どんなのかしら?」


「さあ彼女をここへ呼んで。主人にあらぬ疑いをかけられて、黙って見ているだけの従者がどこにいるのかな!」


 これにはカレン様も再び椅子から立ち上がりました。感情に任せてダリア様の頬を叩かなかったのは、誉めて差し上げます。


「主人の汚名を注ぎなさい、クリスティーナ」


 再び響く、鋭い声。先ほど確認したときに、いませんでしたよね、クリスティーナさん。もうお忘れなのでしょうか。


「逃げたのかな」


 お茶をくんくんと嗅いでいるお嬢様に、さらりと言われて、カレン様の顔色は噴火寸前の火山のマグマです。


「誰でも良いから今すぐここへ来て毒味なさい!!」


 メイドたちは怯えるばかりで、後退りまでする始末。まだ主君の沽券を守るために命を賭ける心構えのなっていない新人ばかりです。いきなり毒を飲めと怒鳴る主人に、ドン引きしない若者はいないでしょう。


「慕われてるね」


 お嬢様からの度重なる攻撃に、カレン様がすっかり痙攣しています。今にもストレスに任せてテーブルをぶっ叩きそうなご様子です。


「言いがかりも大概になさいダリア・デイドリーム! だいたい、こんな大勢がいる場所で、あなたを毒殺なんてするわけが――」


「そうだね、普通はしない。今ここに忠誠心の低いメイドたちばかりが不平不満を溜めこんでいたり、傷心中で錯乱しているあなたがいたり、変わり者で軟禁生活を送っている私がいたり、カレン様につけ込む悪い男ベンジャミンお兄様がいたり、そういう普通じゃない条件下のもと、事件が起きたら、いったい誰が犯人なのか調査は難航するだろうね」


 お嬢様も立ち上がりました。小柄なお嬢様と、高身長なカレン様。間に挟まれて着席しているベンジャミン様は、今にも崩落しそうな天井に怯える子供のようです。


「調査の答えがなかなか出ない、その隙に、心を入れ替えたフリをした殿下がやってきて、あなたを連れ去る。異国に移動したあなたを調査するのは大変だし、当時のあなたは錯乱状態って設定だから、なにも覚えていませんって言い訳が通用する。右も左もわからないメイドたちに、罪を擦り付けられる確率だって高い」


 メイドたちが「ひい!」と悲鳴を上げて、よけいに距離を取ってゆきました。主人の機嫌を取るよりも、己の命を守ることを選んだのなら、普通の反応ですね。


「そもそも、私が毒殺されたってさ、喜ぶ人間のほうが多いんだから、ろくに調査もされないだろ……って、あなたは考えた」


 ……そこで無言になってしまうのは、肯定と見なされかねません。


 マリアンヌさんが、しきりに「ケンカですか? トリシア様、お止めしなくていいんでしょうか?」と尋ねてきますので、「大丈夫です、お嬢様を信じてください」と返すこと数十回目。マリアンヌさんが事態を全く飲み込めていなくて助かります。


「一見すると、なにもかもがあなたに味方しているね。ここはあなたにとってのサロンなんだ。しかも今までの退屈なサロンじゃない、知らない土地での刺激的な、独壇場のサロンだ。初めて犯す殺人は、楽しみだったかな? 全ての疑いを周囲にまき散らして、自分だけ白馬の王子様と逃げ延びる物語は、完結しそうかな?」


「侮辱も甚だしい。いいかげんにしないと、お父様が黙っていないわよ」


「お父様って、テイラー侯爵のことだよね」


 お嬢様が両腕を組み、確認するようにカレン様を見上げます。無論だと言わんばかりに胸を張るカレン様に、お嬢様はうなずきました。


「そのお父様も、愛しの次期大公殿下も、あなたのために何もできなかったらどうする?」


「フン、そんなのありえませんわ。わたくしはあなたと違って、頼りになる男性陣に愛されていますもの。すぐさま、わたくしのために動いてくださいますわ」


「愛されてるんじゃないさ。あなたの家柄に利用価値があるからだよ、カレン様。あなたの家柄の価値を必要とした大勢から、求められてきただけだ」


 愛されていない――これは愛されている自信がある御方ならば、歯牙にもかけぬほど下らぬ言葉でしょう。ですが、カレン様は耳まで真っ赤になっています。そしてついに、あらゆる国のテーブルマナーを吹き飛ばして、クロスごと地面に引きずりおろしてしまいました。茶器の割れるすさまじい騒音に、ベンジャミン様が凍りついたお魚のようになっています。


「それでも!! 今この場でわたくしに逆らえる者など、誰一人としているはずがない!! あなた方のことは不敬罪としてお父様に訴えてやりますから覚悟なさい!」


「不敬罪に問われるのは、あなたかもしれないよ。カレン様」


 お嬢様は、全く動じておりません。スカートにお茶のシミがハート型を作っていても、足に火傷を負わなかっただけで充分役に立ったといわんばかりに、動じていません。


「私を雇っている依頼人は、トリシア一人じゃないの。突然自滅した公爵家に、今もなお御心を痛めて復興を願っているご親族がいるんだ。きみを不敬罪に問えるほどの地位にいて、ナイトウォーク家の復活を望んでいる人に、心当たりはない? あなたの駄々のせいで、私の仕事に遅れが生じていることに、今だって良いお顔は、なされていないはずだよ」


 興奮に上下していたカレン様の大きな胸が、だんだんと、なりをひそめてきました。


「わたくしより、偉い人が……? ま、まさか――」


 この人は、身分の上下でしか他人を判断できないのでしょうか。やたらと楯突く人物の背景を調べるのも、淑女のたしなみです。


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