第24話 青空の下でする、お茶会の意味
「さあダリアさん、お屋敷の窓から眺めていないで、こちらにいらして。今日はお天気も良いですし、せっかくテーブルも持参したんですもの、青空の下でお茶会しましょう」
大きなテーブルの上には白いテーブルクロスがかけられ、椅子も三人分。カレン様が有無を言わせずベンジャミン様とともにご着席なさいました。ベンジャミン様の前世は、松葉杖か何かなのでしょうか。
身分が上の女性からのお誘い、それも頼んでもいないのに重たい家具をご持参くださったのですから、ここで断ることはお嬢様には難しいです。カレン様もそれを見越して、わざわざこの素晴らしい日和を選定されたのでしょう。
「いきなり来てしまったのだもの、ダリアさんからのお茶やお菓子はけっこうよ。
手ぶらでいいから外に出てこいという意味ですか。
お嬢様が道具を持参されるのを、警戒しているご様子。
「わ〜、カレン様、すっごくすっごく活き活きしています。お元気になってよかったぁ! ベンジャミン様のこと、とってもお好きなんですね!」
これでも声を抑えてくれているマリアンヌさんの金色の髪には、もうピンクのリボンはありません。付けているのは、緑色のヘアバンド。ご自分で髪が結べないという彼女に、お嬢様がお授けになりました。
彼女はしばらく、うちで預かることになりまして、それがお嬢様の作戦の一部だと言うのですから、わたくしは従う他ありませんでした……そこそこ動けるメイドになってきたマリアンヌさんは、これでもう道化には見えなくなったでしょう。その綺麗な髪に、笑われるための装飾は必要ありません。
それでも、マリアンヌさんの人生の大半を支配してきた相手に向ける眼差しには、特別なものがあります。わたくしは、この人がまたカレン様のような人間に利用されないか、少しだけ心配になっていました。
「あなたの元主人であるカレン様は、たくましい女性ですね。婚約破棄された現場のサロンというのは、大勢のお客人を招待する社交場なのでしょう? わたくしならば、大勢の前で怒鳴られ縁切られの踏んだり蹴ったりを喰らったら、三ヶ月くらい険しい顔で過ごすかと思います」
「え? どうしてですか? 三ヶ月なんてこだわらなくっても、今すぐ元気になれるのなら、それでいいじゃないですか?」
どうにもマリアンヌさんとは会話が噛み合いませんね。言わんとしていることは通じるのですが、互いに捉え方の価値観にズレが生じているようです。
「マリアンヌさん、よく見てください。ベンジャミン様のご様子を。なんだか後込みしているというか、圧倒されているように見えませんか?」
「え? んー……言われてみればー、そんな気もしますけど、でもカレン様ってすっごく美人ですから、緊張しちゃってるんじゃないですか?」
「わたくしはダリアお嬢様にお仕えして長いですが、お嬢様のご姉妹やご兄弟の性格から、良い点を何も見い出せませんでした。お嬢様は身内のことを全く悪くおっしゃいませんし、家族を深く愛していらっしゃるのは、確かなのでしょうが……いくらお嬢様が愛を向けても、彼らが我々をどう思っているかは、わたくしにはまだわかりかねます。ベンジャミン様が現在何をお考えになっているのやら、この屋敷で働く使用人たちには、わたくしも含めてですが、きっと誰にもわからないでしょう」
「ベンジャミン様って、お痩せになったらきっとハンサムです! カレン様のために急いで駆けつけてくださいましたし、きっと良い御方ですよ」
「そうだと、よろしいのですが……」
わたくしには、顔が良いからといって全ての人間を善人だとは思えません。美しい人が、己の容姿を一度でも利用しようと考えない保証は、どこにもありませんから。
現にここに悪い例がいらっしゃいますし。ベンジャミン様は間近にあるカレン様のお顔と豊かな胸に、なにも逆らえなくなっていらっしゃるではないですか。
「カレン様、素敵な驚きと楽しい催しの企画に、感謝いたします」
お嬢様が、窓枠に片手をついて、ひらりとピンクのスカートを揺らして窓枠を飛び越えました。ふわふわのドロワースをお召しになってくれて、本当によかった……。
今日のお嬢様のお召し物は、旦那様がお嬢様のお誕生日に贈ってくださったけれど箱ごと衣装
お嬢様のふっくらした髪質を、丁寧に押さえて編み込まれているのは、少し色あせてよれよれの、ピンクのリボン。
お嬢様が髪のリボンに、片手でそっと触れます。
『道化のピンクは 誉れのピンク
はしゃいで しゃべって 大騒ぎ
何をしたって 許される
何を食べても 許される
あの子の名前は マリアンヌ
髪の毛むすんだ 道化のピンク』
流れ出す不思議な
カレン様のお顔が、ひきつっていました。
「それは、その、なんの
「さあ? なんの詩でしょう。マリアンヌちゃんから古いリボンをもらいましたの。洗濯した後、髪に巻いてみました」
「そんな古くて傷んだリボンを……?」
ちなみにマリアンヌさんいわく、五年前からずっと大事にしていたそうです。ご自分で髪が結べないので、いつも誰かにまとめてもらっていたそうです。
お嬢様が白いレースの手袋越しに口元を隠して、はにかみました。
「ピンクって、あまり着慣れなくて、少し恥ずかしかったのです。すぐにお出迎えできなくて、申し訳ありません」
「い、いいえ、すごく似合ってますわ! とっても可愛らしい、まるで……その……お人形みたいね……」
可愛いの範囲を少しでも越えると、どんなお人形も急に不気味に見えてしまうのは不思議な現象です。おとなしく着飾られるだけではないと主張し始める時点で、作り物ではなくなってしまうのですね。
お嬢様のために椅子を引きに動くメイドは、誰もいませんでした。カレン様のメイドたちは、目の前のテーブルに伝統的っぽくティーセットを用意するだけで頭がいっぱいのようです。
我々デイドリーム家の使用人は、お嬢様の作戦の下、お嬢様の指示がない限りは、おそばには近づかないようにしております。
着席したお嬢様は、ベンジャミン様ににっこり笑いかけました。
「お兄様、カレン様をいの一番に気遣い、駆けつけてくださったそうですね。それを聞いて、私わくわくしてしまいました。どのようにカレン様をお慰めしましたの?」
「え? どうだったかな……」
「では、どのようなお話をされましたか? 私にお聞かせください」
両手を合わせておねだりするお嬢様に、ベンジャミン様はおろおろなさっています。
「えっと、えーっと、たしか……『カレン様、ご機嫌、麗しゅう…………参上が遅くなり、申し訳ありません』ってお話ししたんだ」
ええ? 寸劇でご説明なさるんですか?
「それでわたくしは、『いいえ、よいのです。来てくれて嬉しいわ!』ってお話ししたの」
「その後は、えーっと、『次期大公殿下との、ご婚約の件……』だったかな」
「ええ。ベンジャミン様からその話題を引き出してもらえて、気が楽になりましたの。自分から説明するのは、とっても大変ですものね。婚約破棄にも、いろいろと手続きがあって……ふふ、フラれるって大変ね。一般人の女性だったら、口論かビンタ一つで、終わるのでしょうに」
お皿に並んでいるのは、馬車の振動でも粉々にならなかった固めのナッツクッキーや、柔らかめのマドレーヌ等でした。少々距離があるここからでは、焼き菓子の種類が大ざっぱにしかわかりません。
お菓子もそうですが、わたくしは白い陶器のティーポットになんのお茶が入っているのかが、とても気になりました。お湯を沸かしている様子はありませんでしたから、水出しでも充分に美味なお茶なのでしょう。それがどのような茶葉なのか、職業病でしょうか、気になります。
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