第15話 ここから先は、別行動に
「はーい、ここで皆様ストップー」
先導していたクリスティーナさんが、振り向いて立ち止まるなり、両手を前に突き出して、我々の足を停めさせました。
その付近には、どう見ても使用人用の小さなお部屋に続く扉が、ずらりと並んでいます。侯爵令嬢がまどろむには許されざるお部屋ですが、そのうちの一つの扉の前に、クリスティーナさんは近づいていきました。
「カレン様がこちらでお待ちしてますですよ〜。あ、入れるのはダリアさんだけですからね。カレン様はお疲れなんですからぁ、みんなしてぞろぞろ入ってきたら、ぐったりしちゃいますよ」
クリスティーナさんのほっそりした指が、ドアノブを緩く回して、扉を細く開けました。開ける際には、主人に一声かけるのがマナーなのですが、どういうおつもりなのでしょう。揃いも揃って、侯爵家には不躾なメイドばかりなのでしょうか。
「ほらほら、ダリアさん以外は離れてくださ〜い」
うぐぐ。たしかに、こんなに奥行きのなさそうな部屋に全員がぞろぞろと入るわけにはまいりません。
「では、わたくしは扉の前で待機しております」
「ああああそうだ〜、着の身着のままで移動してきたあたしたち数人だけじゃ、今日中に家事が終わらなくて〜。ねえメイド長のトリシア・ナイトウォークさん? あたしたち未熟なメイドに、お手本見せてほしいな〜なんて。ダメですか? ダリアさん」
ええ? わたくしがクリスティーナさんたちメイドの、指導員にですか? な、なんて卑劣な! こんな頼み、お嬢様がお断りされるわけがないでしょう。細く開いた扉の向こうで、カレン様が聞いているのですから。
ああ、どうしたら。わたくしがお嬢様のお側に待機できなくなってしまいます。
湧き出る不安を顔に出さないように、必死になっているわたくしに、お嬢様が微笑んでいらっしゃいます。ほんの少し、癒されました。
「人手不足の大変さは、私も深く身に染みておりますわ。カレン様の心身が早く良くなってくださるためにも、喜んでトリシアを貸しましょう」
「ありがとうございますぅダリアさん優しい〜!」
腹が……腹が立ちます……。
「ん? あれあれ〜? 誰かと思ったら、マリアンヌじゃないですか。赤いずきんなんか被ってるから、全く気づかなかったですぅ」
その嘘には無理がありますよ、クリスティーナさん。マリアンヌさんは先ほどから大きな声で自己主張していたんですから。
マリアンヌさんはどんな反応をしているのかと振り向くと、彼女は気づいてもらえて青い目を宝石のように煌めかせておりました。
「クリスティーナさん、こんにちは! えへへ、あたしが戻ってきてびっくりしちゃいましたか?」
「ええ、とーっても」
「えへへ〜。あの、あたし、えっと、えっと……どうしたらいいですかぁ?」
ここで指示を催促するんですか……。まだここのメイドである感覚が抜けていないようです。
「よくもまあ追い出された身でノコノコと戻ってきましたね〜。カレン様があなたに会いたいわけないでしょ。自分が何をしでかしたか、わかってるんですか?」
「えっと……間違ったことは何もしてないってことしか、わかりません」
つまり、何もわかっていないと。
隣国の次期大公殿下に刃向かったことすら、お忘れになっていそうです。
ハァアア、と大きなため息に、我々三人は吹き飛ばされそうになりました。北風の正体は、クリスティーナさんです。
「絶対にカレン様の視界に入ってこないでくださいね。そこのトイレの掃除道具入れにでも籠もっててくださーい」
「えええ!? な、なんでですか〜!? あたしクビになったんだから、トイレ掃除を押しつけようったってそうはいきませんよ!?」
よほどトイレ掃除が嫌なのか、キャーキャー喚くマリアンヌさんの大声が鼓膜にワンワン響きます。
クリスティーナさんの白いこめかみに、青筋が浮き上がっていました。
「ねえトリシアおねーさま? こいつも一緒に教育してやってくださーい。できれば永久的にカレン様に近づけないでくださーい」
「了解しました。では行きますよ、マリアンヌさん」
「え〜? どこ行くんですかぁ?」
不満そうに金色の眉毛を真ん中に寄せて、マリアンヌさんは、扉のほうへ視線を向けます。
「あたし、せめて一目だけでも、カレン様がお元気かどうか、確かめたいです。会いたいです、カレン様に」
ここまで遠ざけられておいて、未だに純粋にカレン様をお慕いできるなんて。前向きな性格も、ここまでの域に到達すると見上げてしまいます。
そしてダリアお嬢様だけは、動じず微笑む、淑女のままです。
「後で教えてあげますわ。がんばってね、マリアンヌちゃん」
「はぁい……」
あの、がんばるのは、わたくしですよね……。
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