第14話   カレン様が、デイドリーム家の者に?

 旦那様が、侯爵令嬢カレン様を義理の娘として迎える、とは? それは旦那様のご子息と、カレン様とのご結婚を意味しております。結婚でない場合は、カレン様を養子としてデイドリーム姓に迎えるという選択もありますが、クリスティーナさんの話の流れから判断して、前者のほうでしょう。


「ハロルド様の別荘をお借りしたのも、こんなに可愛く飾ったのも、そのための準備なんですよ。ダリアさんにとっても悪い話じゃないでしょ? 誰もが憧れるカリスマカレン様が、あなたの家系にお入りになるんですもの」


「カレン様が、うちの兄様たちや弟たちの誰かと、ご婚約しますの?」


「そうですの〜。まだなーんの進展もないんですけど、カレン様にぞっこんな男の子が一人、ダリアさんの身内にいらっしゃいますよ〜? 今日にでも告白しちゃうんじゃないですかねえ?」


 わたくしはお嬢様の後ろを歩いているため、そのお顔の色はわかりません。だからでしょう、己の胸に嫌な動悸を感じるのです。カレン様が伯爵家に輿入れなさるなら、野心家なハロルド様旦那様のことですもの、ご自分の幅をさらに利かせるために社交界を土足で荒らし回るでしょうね。デイドリーム家のますますの発展を祈っております。


「カレン様と、ダリアさんがご親戚に!?」


 飛び上がったような歓喜の声を上げたのは、わたくしの後ろを歩いていたマリアンヌさんでした。振り向らずにいようか迷ったのですが、お嬢様の頭部が振り返りそうな動きを見せたので、わたくしも振り向きました。


 両こぶしを上下にばたばた振り回して、マリアンヌさんが顔を上気させていました。


「きゃああ! すごいですすごいです! 嬉しいです〜! こんな偶然ったらないですよ〜! 物語みた〜い!」


「マリアンヌさん、お静かに。あなたは声が大きいのですから」


「あ! すみません!! 黙ってます!!!」


 廊下中に謝罪の声が響きわたりました。

 その大声ときたら、わたくしの注意の声も掻き消えるほど。我々は、それ以上なにも言いませんでした。



 応接間を通り過ぎた頃に、お嬢様が「あら?」の一言でクリスティーナさんに疑問を投げかけました。


 全て言わずとも、クリスティーナさんから説明が始まりました。


「カレン様のお部屋と近い小部屋を、応接間に変身させたんですよ〜。だってカレン様、もう自力で歩けないほどふらふらでぇ、転んだりしたら危ないですからねぇ」


「そうでしたの。良い案ですわね。お見舞い客のほうが元気なんですもの、体調の優れない御方が無理を押しておもてなしするのは、違うのかもしれませんわね」


 わたくしは流し目に本物の応接間を観察しました。艶やかな漆塗りの、キャラメリゼされて美味しそうにも見える大きな両開きの扉でした。それがどうやら、最近塗られたようなのです。年月による些細な磨耗を、一切感じさせない、塗りたて作りたての美しい芸術品。


 一言で表すのならば、「見栄」でした。


 この別荘はピンク色に塗りたくられてはいますが、その土台はけっして新築とは言い難いです。その家の外装的な顔とも言える玄関扉さえ、素朴な作りをしていました。


 そのうち、玄関扉も見栄により大改造される日がくるのでしょう。ただの予想ですけれど、わたくしの中では確信めいております。


 お嬢様が、わたくしのほうを一瞥しましたが、すぐに笑顔で前を向きました。


「うーん、私のお兄さまと弟の中で、どなたがカレン様とお近づきになったのかしら。なにぶん私は軟禁生活が永くて。実の家族のことすら、よくわかりませんの」


「ふふふ〜、さぁて、どなたでしょうね〜」


 そうなのです……お嬢様のご身内には、旦那様以外で森のお屋敷をお訪ねになった御仁が、いらっしゃらないのです。血を分け合った兄弟姉妹きょうだいなのですから、少しくらい旦那様の言いつけを破ってしまったって、神様はお許しくださるでしょうに。


 むしろ遠ざけられて孤立している身内を見舞わないのは、家族愛を唱える神への冒涜でしょう。


 そんな彼ら薄情者にすらも、お嬢様は愛情を注がれております。その証拠に、お嬢様のお屋敷の廊下には、家族の大きな肖像画がずらりと飾られているのですよ。毎朝、必ずお嬢様が通る廊下です。


『ご機嫌よう、お父様、お母様、そしてお兄様方』


 毎朝、お嬢様は廊下を通るたびに、ご挨拶していらっしゃいます。


 窓からの朝日が注がれて、その御髪に瑞々しい輝きを添えて、わたくしが毎朝目にする慈悲深く神々しい後ろ姿には、一刻も早く軟禁を解かれて自由の身になってほしいと……幸せになってほしいと、願わずにはいられません。


 ……脳内が盛大に脱線いたしました。早い話が、カレン様を射止めるほどの度量ある殿方など、デイドリーム家には存在しないということです。彼らは父親の過去の偉業に胡座を掻き、見てくれも悪いのに努力もせず見栄ばかりを気にして、社交界では知ったかぶりを、ダリアお嬢様には知らん顔を、他者に与える印象はただただ「情けない」に尽きました。


 メイド長という仕事柄、わたくしもデイドリーム本宅へと馳せ参じることは多少あります。その度、彼らには失望するばかりでした。


「ベンジャミンお兄様?」


 お嬢様の声に、わたくしはハッと我に返りました。お嬢様に仇なす存在には、つい穿った敵対心を抱いてしまい、脳内でひたすらに悪く罵る傾向が強いわたくしには、何度でもお嬢様の明るい声が必要なのです。


 ……え? 今、ベンジャミン様と聞こえたような気が。


「ふふ、なんとなくそう思いましたの。ベンジャミンお兄様となら、カレン様もご安心なさるんじゃないかなぁって」


 お嬢様の横顔は、笑っています。クリスティーナさんは、露骨なジト目でお嬢様を眺めています。


「ふーん、勘の良さは噂通りですねえ。あたし、ダリアさんのこと苦手かも〜」


 ええ〜? どうしてベンジャミン様なのですか? 失礼ながら、いちばんパッとしない殿方ですよ。頭だって、良い御仁だとは言い難いです。純粋で、幼くて、おそらく騙されやすさならご兄弟中トップでしょう。


 あ……。


 だから、ベンジャミン様が選ばれたのですか? 扱いやすいから? ではカレン様は、ベンジャミン様を、お騙しになってまで、この伯爵家にお入りになりたいのですか?


 なんでですか??? パッとしない花婿を得てまで、身分の下の家に、どうしてお入りになりたいのでしょうか。


 わたくしには、わかりません。


 先ほどクリスティーナさんが言っていた、調度品が準備できなかった、というのも嘘ですね。カレン様はダリアお嬢様の能力を警戒して、別荘に置いてあった家具を撤去して、新品ばかりをお取り寄せに。

 では、外のプレゼントの箱は、これらを入れていた空箱でしょうか? ですが、それでは、なぜ空箱を捨てずに取っているのでしょう……ああもう、これ以上悩むのはやめにします。


 わたくしには、何もわかりませんもの(拗)。


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