第12話   父の鞄

「カレン様はたくさんの贈り物に囲まれてきたお人だと、マリアンヌさんから聞いてはいましたが……これは、いったい、どういう事態なんでしょうか」


「うーん、それはまだわからないわねぇ。ねえトリー、おうちに居られないほど精神的に参っている女の子に、こんなにたくさんの輝かしいプレゼントを贈るのって、どう思うかしら」


 そのようなこと、想定したこともございませんでした。


 もしもお嬢様が心身ともにお疲れのご様子であれば、わたくしならばお茶とお菓子をお持ちしますが、カレン様には、どのようにしたらよろしいのでしょうか。この建物の愛らしさからして、カレン様はどことなく幼い気質のような気がします。


「わたくしが思うに、拗ねた子供に対しては、プレゼント攻撃は効果的かもしれません。カレン様は現在、おいくつなのですか?」


「十八ですわ」


 ちなみにこの国では、十六歳から結婚が可能です。つまり十六を過ぎれば、淑女としての完成系が求められ、誰からも幼児扱いはされないということ。


「十八でいらっしゃいますか……お子さんとは、言い難いご年齢ですね。贈り物で元気になられる性格ならば、今頃、ご自宅にお戻りになっているかと思われます。玄関の両脇に、こんなに積み上げられていますから」


「でも、カレン様は未だに要塞の中で、立て籠もっていらっしゃるわ。それもご自分好みに改造されてまで。うふふ、ナゾに満ちたおもしろい御方ね」


 わたくしには、面倒臭くて気難しいお人に思えます。さっきのメイドも、気の毒に。玄関前のプレゼントの包装紙の、貼り替え係なんて意味不明な仕事を押しつけられて。


「お嬢様、カレン様が独特な落ち込み方をされる御方でないならば、とてもお元気そうに思えます」


「ええ、私もちょうど、そうじゃないかって思っておりましたの。確かめないとね。時間によって、気分が変わるお人なのかもしれませんわ」


 一日二十四回も人格が豹変する主人ですか。ずっと寝ていてほしいです。


 わたくしはお嬢様の許可を取り、玄関扉の真横に下がる大きなベルの紐を何度か下げて、打ち鳴らしました。思いの外、いかつく濁った音が鳴り響きました。音色の透明感を犠牲にとにかく音量に重きを置いた結果なのでしょう。


「こんにちは。ダリア・デイドリームの代理人、トリシア・ナイトウォークと申します。カレン様にご挨拶に参りました」


「しょ、少々お待ちくださいませ!」


 バタバタとした慌ただしい足音が、何人分も聞こえます。


 わたくしはお嬢様に、少々不躾な真似をする許しを得てから、扉にぴったりと片耳をつけて、中の様子をうかがいました。


「あの子が戻ってきてるの!? いったい、どのツラ下げて」


「どういう神経してたら帰ってこられるわけ!? またあの子が全部食べちゃわないようにお菓子を隠しておかなくちゃ」


「ダメよ! 来客用のお菓子を出さなきゃいけないから、けっきょく食われるわ!」


「カレン様になんと申し上げて良いやら。ああ頭痛が、腹痛が!」


「今クリスティーナ様がカレン様と相談中だそうです。指示があるまで待ちましょう」


 しばらく、待たされそうです。


 わたくしは今しがた耳にした内容を、たっぷり砂糖をまぶしてからお嬢様にお伝えしました。


 お嬢様は、わたくしから扉、そして崩れたプレゼントの転がる様へと視線を移しながら、後ろで突っ立っているマリアンヌさんへと振り向きました。


「ねえマリアンヌちゃん、さっきのメイドさんとクリスティーナ様って、どんなお人ですの?」


「ふえ? えーっと、最初の子はぁ、なんでしょうね〜、一日中びくびくしていて、しゃべっているところは今日初めて見ました。いつも山盛りの洗濯物を押しつけられていて、手伝うよーって言っても逃げちゃうんですよね」


「あらら」


「クリスティーナ様という名前は、最近聞くようになりました。あたしがクビになってすぐに、あの子は様付けになったんです。それまでは、ただのクリスティーナ。あたしがクビになったとたんに、あたしと同じ髪型になって、あたしと同じピンクのリボンを付けて、様付けになりました」


「うん? マリアンヌちゃんも、以前は様付けだったの?」


「わかりません。あたしはカレン様にしか名前を呼ばれませんでしたから。カレン様のほうがあたしより身分が上ですからね、だから普通に呼び捨てで呼ばれてました」


「マリーとか? あなたの話だと、カレン様に可愛がられてたみたいですものね」


「いえ、普通に、マリアンヌでした」


「あらら。メイドに愛称は付けない御方のようね」


 わたくしには、トリーという愛称があります(ドヤァ)。



 それにしても、リボンを髪に付けるだけで、様付けになるほど立場が上がるとは。このピンクのリボンには、何か意味があるのでしょうか。


 マリアンヌさんの髪にも付いている時点で、深い意味はないような気もするのですが。


 わたくしには、何もわかりません。



 扉が控えめな音を立てて、ゆっくりと開きました。出てきたのは、先ほどの気の毒且つ不躾が過ぎるメイドです。本人も罪悪感があるらしく、非常におどおどした様子で一礼しながら、外に出てきました。


「さ、先ほどは、大変な失礼を……」


 ちゃんと最後まで謝罪を言い切りなさい。なんですか、その視線の泳ぎ方は。鞄を探しているのですか? 目の前のお客人への対応が、なっていません。


 例の鞄は、お嬢様のお足下に移動させております。鞄はあまり重くはありませんでしたが、彼女一人で全てのプレゼントの表面を貼り替えるのは、かなりの時間を有するでしょう。包装紙もリボンの種類も、一つとして同じ物がありませんから。


 お嬢様がクスリと笑う気配に横目を向けますと、お嬢様はしゃがんで鞄を撫でていらっしゃいました。


「これ、あなたの鞄よね。毎日こんなことをしていますの? 大変ね」


 お嬢様の薄いまぶたが伏せられ、その唇が小さく息を吸い込みます。


『今日は 天使が生まれた日

 おしめと 洋服 そろえましょう

 今日が 天使の誕生日

 友達 みーんな 呼びましょう

 今日は 天使が生まれた日

 パパとママが 生まれた日』


 お嬢様は優しい声色で謳いあげます。


 メイドが怯えた様子で、一歩下がりました。


「ど、どうして私が、長女だと……」


「あなたのお父様は、あなたが産まれるのをとっても楽しみにしていらしたのね。赤ちゃんの性別がわかったとたん、この鞄いっぱいに、布のおしめや女の子のお洋服をたくさん詰め込んで、おうちに帰ってきたんですのね」


 微笑むお嬢様。メイドは唇を震わせて立ちすくんでおり、やがてまぶたを真っ赤に染めて、悲しげにうつむきました。


「帰って……きませんでした」


 ……どうしましょう。わたくしにはお嬢様の詩に関する、あらゆる非常事態に対応できる能力がありません。


 さすがのお嬢様も、困惑したのでは。わたくしが横目で確認すると、お嬢様は今にも「あらあら」とこぼしそうな困り眉に。


「ごめんなさいね、不作法でしたわ。この鞄の中に、十五年くらい前の強い思いを気取けどったものですから、がんばっているあなたに伝えたくなってしまったの。本当にごめんなさい」


「いいえ、謝らないでください……あなたが本物のダリアさんであると、確認するよう命令されていたので、どうすれば良いのかと、困っていました。でも、ダリアさんの詩で、無事に仕事が終わりました。ありがとうございます」


 なんということですか。我々が疑われていただなんて。


 お嬢様はもとの微笑んだ表情に戻っていらっしゃいますが、慌てたりしないのでしょうか。見たことがありません。


「それじゃあ、試験には合格したってことで、よろしくて? でも、私の読みとった詩は、あなたの記憶とは違うようだけど、よろしいの?」」


「いえ、違いません、合ってます」


 メイドは猛烈な勢いで首を横に振った後、とつとつと話し始めました。


「私の母は、結婚を三回しました。初めの父は私が産まれた朝に他界し、最後の二人は、幼い弟妹きょうだいたちを大勢作って逃げました。母は考えなしだったかもしれません、正直憎いです……憎い、ですが、それ以上に私は家族を愛してるんです。どんな仕事でも、その分お給料が良かったら、それで、いいんです……」


「それでもね、あなたの心身はどうかお大事になさって。こんなにたくさんのプレゼントを包み直すなんて、とても一人でこなせる仕事量ではありませんわ。どなたか、頼れる人はいませんの? お給料は二等分割されてしまうかもしれないけれど、誰かとこなすほうが、苦難はぐっと軽くなりましてよ?」


 お嬢様の朗らかな助言にも、このメイドは気まずそうに視線を下げるばかり。どうやら、周りと良好な関係は築けていない様子です。


「あの、本当に、先ほどは失礼な態度を……申し訳ありませんでした」


「ふふ、怒ってないわ。クリスティーナ様はなんておっしゃいまして?」


「え?」


「あら、覚えてないの? 大きな声で、助けを求めるように、女性の名前を呼んでいらしたわよ?」


「あ……」


 メイドがまたもや縮こまって、辺りをきょろきょろし始めます。そしてわたくしたちに何か言おうと口を開きかけた、そのとき――


「あらあら〜? いつまでお客様と玄関口でおしゃべりしてるんですかぁ?」


 しゃべり方こそマリアンヌさんにそっくりですが、言葉の要所要所が力強くて、意地悪げに聞こえる不思議な声が。


 メイドがサッと玄関横によけて、口を引き結んでうつむきました。脇に移動したメイドの代わりに、我々の目の前まで歩いてきたのは、マリアンヌさんによく似た髪色、髪型、その青い双眸に色白な肌。違うのは、まとう雰囲気、意地悪げなお顔立ち、そして上等な生地の黒いメイド服です。わたくしやそこのメイドの制服と違って、レースとフリルがたっぷり付いた小物が多く、ソックスガーターにヘッドドレスにまでフリルが揺れています。


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