第7話   デイドリーム家の献上品③

 途中で御者さんも一緒に、森林浴をしながら青空の下でお弁当を食べました。お馬さんは草団子らしき特製の餌を御者さんからもらい、口をもぐもぐさせています。


「このサンドイッチ、美味しいです! パンがザクザクしていて歯応えがありますね」


「全粒粉のパンです。少し白さは失われますが、栄養が豊富です」


「あたし、真っ白でふっかふかのパンしか食べたことなかったから、なんだか新鮮です!」


 真っ白で、ふかふかの……? それは生地からして上質な粉を使ったパンのはずでは。


「高級品である白いパンを、メイドのあなたも食べていたのですか?」


「はい、いつも焼きたてをもらっていましたよ。他の人たちは、ぼそぼその生地のパンでしたけど。みんな、どうして焼きたてを食べないんでしょうね〜、自分たちが焼いたパンなのに。お料理だって、豪華で美味しいのをたくさん作るのに、自分たちは味見しかしないんですよ? まかない料理も変なものばっかりでした」


「……まさか、厨房で盗み食いを? それがクビの原因では?」


「そんな! 違いますよ。だってあたし、何を食べたって怒られませんでしたもん」


 どうなっているのでしょうか、カレン様のお屋敷の教育方針は。


 ネズミが出る台所で料理するのと、どっちがマシでしょうか。雇われの身の大食らいが、気ままにつまみ食いを楽しむ厨房だなんて。


 わたくしが注いだ水筒のお茶を楽しみながら、お嬢様がころころと笑いました。


「私もたまに、お料理しますのよ」


「へえ? ダリアさんが? ドレスを着ている人って、台所に入らないのかと思ってました」


「ドレスを着ながら野菜を小さく切る女の子だって、いますわ」


「そう言うもんですか? あたしお料理って、やったことないんですよね。もっぱら食べる専門で」


 厨房には調理人しか入れないところもあるでしょう。メイドには他の家事を担当させるお屋敷があっても、なんら珍しいことではありません。


 このサンドイッチを手作りしたのも、わたくしではありません。ですが、人手不足ですもの、小鉢にぎっしり詰まったサラダを花束のようにまとめたのは、わたくしの手腕です。


「あたしもお料理やってみようかな〜。でももうクビになっちゃいましたし、カレン様のお屋敷の厨房には入れないですし、どこでならお料理を勉強できるんだろう」


「ふふ、お料理はとっても奥深いですわ。完成まで味見をしないっていうギャンブルもできましてよ」


「ええ? しょっぱくなったりしたら、どうするんですかぁ?」


「うちの料理人の指示通りに動いていれば、ギャンブルで損することはありませんわ。賭けてもよろしくってよ」


「わあ! 必ず勝てるギャンブルだなんて、ステキすぎます! ぜひお手伝いさせてください、ダリア様!」


 え〜……まさかお嬢様、コレをお雇いになりたいのですか……。


 今の会話は、聞かなかったことにしましょう。


「さて、楽しいお食事会はこれでおしまい。立ち上がりましょう。私たちは先へ進まなければね」


「お嬢様、あと一時間で来客のご予定が迫っております」


「ふふ、心配しないでトリシア。次のお客様は、私の話をもじって小話を書き上げる小説家なの。私が約束を破るときは、何か緊急の用事だと期待して、次回またアポ取りの手紙を送ってくれますわ」


「ああ、あの御仁は、そういう傾向のある御方でしたね……」


 自称小説家の、あのご老人が手掛ける物語は、お嬢様の貴重なお時間を搾取してまで書き上げるほどの価値あるものではございません。現実味が大幅に欠けたファンタジー世界で、いったいどこにお嬢様から頂いたネタを使用しているのやら、空飛ぶマシュマロ君の大冒険は、いつまでも完結せずに次回へと続いていきます。


「それに、私の用事はすぐそこの建物で済みますのよ」


 ほら、とお嬢様が指差した先は、少し下り坂になっていまして、木々の合間から木造の柵と、それから広い砂場を駆け回る馬たちの小さな背中がありました。


「わあ、お馬さんがいっぱい!」


「あれはデイドリーム家の所有する、ですわ。我々が乗ってきた馬車の馬も、あそこで育ちましたの」


「へ〜。で、どうして牧場に向かうんですか?」


「花嫁さんに贈る縁起物の一つに、馬の蹄鉄がありますの。諸説ありますけれど、私は蹄鉄をコップに見立てて幸せを貯める説を推していますわ」


 コップに見立てて、ひっくり返し、不幸を落とすという説もあります。扉に飾って、外から訪れる幸不幸を、どのように扱うかで蹄鉄の向きも変わるのですね。


 お嬢様は、どちらの向きを好ましく思うのでしょうか。旦那様から遠ざけられて未だに軟禁が解かれない今の状況を、わたくしはとても気の毒に思うのですが、きっとお嬢様は、お飾りになるのならば上向きになさるのでしょう。そうしてあのドールハウスを快適に、そして自分らしく生きていくための基盤を整えるために行動し続けるのです。わたくしの知るお嬢様は、そういう人ですから。


 牧場の柵は、御者が押し開けてくれました。牧場主と彼は顔なじみであり、白馬の毛並みをブラッシングしていたお爺さんに、陽気な声をかけました。


「ん? おお、これはこれは、トリシアお嬢様に、ダリアさん! どうしたんですか急に」


 どうしたも、こうしたも、わたくしは何も知らされておりません。ダリアお嬢様のみが把握する進行状況です。


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