第6話 デイドリーム家の献上品②
マリアンヌさんのおしゃべりが復活してきた頃合いを見計らって、お嬢様が軽く咳払いをしました。
「まずはマリアンヌちゃんの発言の真偽を、確かめに行きましょう。カレン様の御婚約が破談になった話が本当ならば、結婚の結納品として用意していた品物や、その他花嫁への贈り物等が、軒並みキャンセルされているはずですわ。我がデイドリーム家でも、カレン様に用意していた贈り物がございました。けれど、あなたの話が本当ならば、品を注文していた職人相手に、お父様が断りを入れているはず」
「贈り物〜? カレン様はいつもサロンで、たくさんの贈り物に囲まれていましたけど、そっか〜、結婚式でも贈り物をもらいますよね。毎日がプレゼントだらけで、羨ましいです!」
お毒見役が肥満に悩んでいそうですね。
「ハロルド様がご用意したプレゼントって、いったいどんなのでしょうね!」
「ふふ、きっと素敵な贈り物ですわ。花嫁の幸せな結婚生活を願って、友人知人が用意すべき贈り物には、ある程度の決まりがありますのよ」
「へえ。でもあたしお金ないから、なにもあげられないです……」
「金額だけが相手の心に届くとは、限りませんわ。お祝いの気持ちを込めるならば、古い伝統からくる縁起物や、綺麗な花言葉をたくさん持った花束などが、贈り物としては充分に相応しいでしょうね」
「あ、お花? もしかしてブーケですか? ほら、ブーケトスって知りません? 花嫁さんが招待客の女性たちに向かって放り投げて、それを受け取れた独身女性が、次に結婚できるかもって、占いみたいな感じの! きゃ〜あたしもキャッチしたいです!」
ブーケトス程度、お嬢様もご存知です。
「マリアンヌさん、そのように矢継ぎ早に話題を切り替えるものではありません」
「え?」
「あなた一人がしゃべっているみたいですよ」
「一人? えっと、あたしはダリア様と、じゃなかったダリアさんとお話ししてますけど、何か違うんですか?」
マリアンヌさんは、きょとんとした顔でわたくしを見上げています。ハァ、まったく、今まで何を習ってきたんでしょうか。
「マリアンヌさんは、本当に伯爵家に仕えているメイドなのですか? 身元調査には是非協力してもらいますからね」
「え!? な、なんで、あたしの身元をそこまで気にするんですか?」
「何か問題がありますか? やはり、身元を偽っているのでは?」
「いいえ! あたしは、確かに、カレン様のもとで……もとで……」
急に尻すぼみになったと思ったら、うつむいて、しばし、だんまり。またすぐに話し出すだろうと思いましたので、そのままにしておりました。
「ごめんなさい!」
勢いよく下げた頭の、左右二つに髪の流れを分けた生え際が一本、真っ直ぐに後頭部を二分割していました。
「あたし本当は、もうクビになってるんです。カレン様がフラれたあの日、あたし黙っていられなくて、めいっぱい抗議したんです。そしたら、いつもは怒らないカレン様が、もうあたしを屋敷には置いておけないって言って……」
肩を振るわせて顔を上げたマリアンヌさんは、応接間であんなに泣いたというのに、またぼろぼろと涙を膝上に落としていました。
「どうしてこんなことに……あたしは何も間違ったことしてないのに〜」
「次期大公殿下に抗議できるなんて。マリアンヌちゃんの頭の中には、勇気がいっぱい詰まってるのね」
「勇気しか入ってないんでしょうね。考えなしの言動でクビになってますし」
「ひどいです! そんなこと言うなんて! えーと、お名前は……あの、なんでしたっけ」
「トリシア・ナイトウォークです。ダリアお嬢様との外出時は、わたくしを主人として扱ってください。以後お見知り置きを」
「はーい」
返事は短く。ハァ、同僚でもメイドでもない今の彼女に、礼儀作法の指南など無用でしょう、ですが、職業柄こまかな無礼が気になって仕方がないのです。
サロンという大衆の目前で失恋されるわ、不忠なメイドのせいで恥を掻かされるわで、カレン様もお気の毒が過ぎます。こんなメイドでも長らくそばに置いていらっしゃったのが本当ならば、かなり気の長いお人柄なのでしょう、その堪忍袋の緒もついに消し飛んでしまったようですが。
しかし、マリアンヌさんの不躾っぷりは、カレン様にも責任があります。穿った見方をすれば、カレン様の自業自得かもしれません。
マリアンヌさんはご覧の通り、嘘の多い人ですし、話している内容には何一つ真実が含まれていない可能性も否めませんが……ダリアお嬢様のご判断に、最後までこの身を委ねます。個人的には、これらはけっして深入りしてはならない案件であり、これから向かう先のどこにも鬼気迫る空気が漂っている予感しかしないので、ご辞退を進言させていただきたいところですが。
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