第2話   無礼なお客人

 来客が旦那様でなければ、特に警戒する必要はございません。


 メイド長たるわたくしは堂々と構えて、玄関先でお待ちしていました。この屋敷の最大の特徴である、濃淡色々様々な緑に染まった外装は、我々の自慢です。そしてアーチ状の小屋根の下には深い茶色のシックな両開きの玄関扉が。しかし、どこにも『ダリア探偵事務所』と掲げられた看板は、見当たりません。


 御者ぎょしゃは白馬を手綱のみで操り、白馬は瞬く間につま先を揃えて馬車を停車させました。


 御者は椅子から軽やかに飛び降りて、馬車の扉を丁寧に開けました。現れたのは、わたくしと同じ金色こんじきの長い髪の少女でした。しかし共通点は、髪色以外に見当たりません。頭の両側に高くピンクのリボンで二つに結んでおり、体格と合っていない大きな上着は、変にもこもこと分厚ぶあつく季節外れで、なによりドタドタとした忙しない足取りは再教育の必要性を感じさせるほど。


「あ、あのっ、ここはダリア・デイドリーム様のお屋敷ですか!?」


「はい、こちらで間違いございません。ご来賓のご予約が入っておりませんが、どちら様でございますか?」


「あ、そっか、名乗らないと! あの、あたし、マリアンヌっていいます! 名字とかは、持ってないんですけど、身元は確かですので、どうか警戒なさらないでくださいませ!」


 つまずいて派手に転倒したマリアンヌさんを助け起こすと、頭が取れるのではないかと思うほどペコペコと謝罪されました。本当に忙しないお嬢さんです。


 身元は確かだと言われましたが……デイドリーム家の家紋付きの馬車で送り出されたのですし、間違っても罪人ではないでしょう。


「身元のご確認先は、どちらでしょうか」


「ハロルド様です! あの御方は本当にお優しくて、お話のわかるステキな人で! あたし感激しちゃいました!」


「……ハロルド様からの、ご紹介でいらっしゃったと?」


「はい。ハロルド様は、ダリア様のお父様ですよね?」


「はい」


「うらやましいです〜! あんなステキな殿方のお側で、お仕えできるなんて! ハロルド様は外側も中身もとってもステキな御方で、あたしずーっとドキドキしっぱなしでした〜!」


 うわ……。


 こちらの事情を全く知らないとはいえ、大声で旦那様を賞賛されるその一字一句を、お嬢様が開いた窓からお耳にしているのかと思うと、この少女のほっぺたをつねって黙らせたくなります。


 とは言え、お嬢様の視野の範囲で暴力沙汰を起こすわけにはまいりません。わざと目立った咳払いをして、無言で黙らせました。


「あのっ、あの、それで、あの、あたし、ダリア様にぜひご相談に乗っていただきたい事が、ございまして……あの、その……お忙しくなければ、お会いして頂きたく思います。ダメすか?」


 旦那様を介して、ダリアお嬢様に会いにいらしたと……その目的を玄関先で尋ねようといたしましたところ、どうしてもお嬢様に直接、できれば人払いをした後でと言い張りますので、仕方なく、客間へとお通しすることにいたしました。


 ああ、彼女の不躾な態度でダリアお嬢様が気分を害されないように、精一杯、努めませんと。お嬢様が無駄に傷付けられるだけの会話だなんて、この世の何よりも不要な行為です。



 マリアンヌさんには先に応接間で待機してもらいまして、わたくしは把握した限りの情報を、お嬢様にお伝えいたしました。


「あら、お父様の紹介なんですのね? 珍しいこと。きっとよほど困った案件か、それか私を試して暇つぶしでもなさっているのでしょう」


「お客様は人払いを望んでおりますが、わたくしはお側を離れません。素性の明かせぬ来客を、お嬢様に近づかせたとあっては、メイド長として示しが付きませんので」


「ふふっ、あなたは示しが大好きですものね」


「当然です。身分の低いわたくしが、人の上に立ち続けていられるのは、厳格に主人の身を守り通すその気構えを、皆様に示し続けているからなのですよ」


「身分だなんて……相変わらずね」


「なんとでもおっしゃってください」


 お母様の形見であるという鏡台の前で、髪に丁寧にブラシを通した後は、金糸で花の刺繍がされた緑色のリボンを編み込んで、髪のボリュームを押さえ込みます。お嬢様がどのような髪飾りも似合うお人で、助かりました。



 そこまで気合いを込めて着飾る必要はない、というのがわたくしの本音なのですが……お優しいお嬢様は今日も一寸の隙なく、コルセットもばっちり締めて、さらにその上からリボンで綺麗な結び目を。


 どなたに対しても常にフォーマルなのが、お嬢様なのです。


 対して、応接間でお待ちになっていた客人マリアンヌさんは、お皿に並んでいたクッキーを一枚も残さず平らげており、お茶もポット一つ分を飲み干し終わっているという暴食っぷり。お嬢様がソファに腰をおろした際、他のメイドが大慌てでクッキーとお茶のおかわりを運んできました。


 マリアンヌさんはすぐに新しいクッキーに手を着け、そしてのどに詰め、カップだけでは間に合わずにポットを両手で掴んで丸ごと飲み干してしまいました。


 この手がビンタを実行しなかったことを、褒めて頂きたく思います。


「ふふふ、マリアンヌさんがいてくれたら、お屋敷の生ゴミが減りそうですわね」


「え? えへへ〜、それほどでも!」


 ……野菜の皮と種生ゴミも食べさせてあげましょうか。


 ひとしきり食べ終わった彼女が、ふと我に返ったように、固まりました。その顔がみるみる赤面していきます。


「す、すみません! じつは昨日から、飲まず食わずで……さすがにこの量をがっついちゃうのは、お腹に悪いですよね! あたし、ペース配分を間違えちゃいました!」


 すみません、と繰り返しながらペコペコと頭を。


「あらまあ、お父様はあなたにお茶の一杯もご馳走しませんでしたの?」


「え?」


「あなたが玄関先でお父様を褒めちぎっていたものですから、てっきり、ステキなおもてなしを受けたのかと」


「……あ、えーっと……ケーキを、ワンホールほど……えへへ……」


 マリアンヌさんの、蒼い双眸がぐるぐる右往左往。


 さすがに呆れてしまいました。


「ダリアお嬢様、この無礼者を今すぐ外へ放り出して参ります」


「あああ! 待って! 待ってください! どうかお慈悲を、ダリア様!」


 軽率に両手を組んで、神にでも祈るかのようなマリアンヌさん。調子の良いこと……。


 ダリアお嬢様がご家族の皆様と、お好きな時間にお茶を楽しめないお立場なのだと、知っての発言なのでしょうか。そこまで思慮深い人には見えませんし、きっと悪気なんて一つもないのでしょう。


 これからもお嬢様の言動に、肝を冷やせば良いのですわ。


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