039. 傲慢な炎

 瞳の奥に炎が燃えている。

 すべてを焼き尽くさんばかりの勢いだ。何もかもを、日の元にさらけ出して焼き尽くさずにはいられない。傲慢なほどのその衝動は果たしてどこから来るのだろう。

「彼女が受けた仕打ちを、お前の罪を、今、ここで! ひとつひとつ突きつけてもいいんだぞ」

 倒れ伏した私を庇うようにして、彼の声は鋭い剣だ。目の前の彼女をぐっさりと奥深くまで突き刺していく。ぶるぶると震える彼女は力なく膝をついて、控えていた騎士たちが乱暴に彼女を取り押さえた。

 ああ、と、私は顔を覆う。連れ去られる彼女の縋るような眼差しがこの身に痛い。同時に、彼女にムチ打たれた腕も、足も、胴も、全てがしくしくと泣いているようだった。

 蝋を垂らされたこともあった。真冬に肌着姿でバルコニーに締め出されたこともあった。まともな食事を食べれたことは一度もなくて、私はただ、彼女の可哀そうなおもちゃだった。

 それでなお、死んだように生き、誰に助けを求めるでもなく。息を殺して呼吸をしていたのは。

「もう大丈夫だ、お前は傷つかなくていい」

 先ほどの剣はとうに鞘に収めたらしい。静かな声が私を呼んで、そっと上着をかけられる。打たれたせいで裂けた服に、ぶかぶかの上着がみっともなさを増したようだった。

 彼の瞳を覗き込みたくなどなかった。その瞳の奥では、未だ、炎が燻っているから。

 彼はまっすぐと私を見るだろう。それで、役目を果たしたと言わんばかりに笑うのだ。もう大丈夫だ、なんて。


 助けてほしいなんて言ったつもりはなかった。

 近づいてきたから、少しだけ、ほんの少しだけ休みたかっただけ。寄り掛かりたかっただけ。そうして休ませてくれれば、もう一度、自分の足で生きられたから。

 死んだように、助けを求めず、息を殺して生きられたから。

 それで、なお。


(あの子の事を誰も守ってあげなかった)


 悪いことをしたのに間違いはない、被害を受けたのは私だ。同意したことは一度もなかった。痛いのも、寒いのも、苦しいのも、何もかもが嫌だ。

 それでも、それでも私が彼女を恨みきれないのは。憎しみすら抱けずにいるのは。


(あの子が、一人っきりだったからだ)


 彼女の孤独を誰も知ろうとしない。

 突然現れた私の存在に、どれほど心揺さぶられたか知ろうとしない。血の繋がりはあれど殆ど他人のような間柄で、自分の母とは違う胎から生まれてきた私を、父の不貞の証を、どうして彼女が受け入れる必要があっただろう。


 誰も、彼女に寄り添うことなんてしなかったのに。


 私が虐げられたのは。

 彼女の心の隙間が埋められるのなら、それも良いだろうと思ったからだった。誰も寄り添うことが出来ないのなら、せめて私が。彼女から与えられる痛みで、彼女の悲鳴を聞いてあげるしかないのだと。

「……本当に、大丈夫だから」

 零れ落ちる涙は決して安堵からではなかった。

 これで、彼女とこの家と、きっと多くの物が暴かれるのだろう。ほんの少し、私が寄り掛かってしまったがために。

(暴いてほしくなんてなかったのに)

 彼の瞳の奥に炎が燃えている。

 悪の事情など鑑みぬ、と、焼け付くばかりの正義を振りかざす。日の元に出たいなど伝えたつもりはなかったのに。


 それで。


「……あの子はどうなるの」

「お前は、またそうやって……いや、調査の後、罪状次第だが……良くて終身刑だろう」


 そう。

 諦めた息を吐く。彼は震える私を抱え上げると、仕方なさそうに歩き出した。

 私はそれで、もう二度と来ることのないだろう、屋敷を振り返る事すら許されなかった。


(20220626/01:00-01:15/お題:暴かれた哀れみ )

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