038. 子供みたい

 ぱらぱらと降り始めた雨に顔を上げた。

 どんよりとした雲が空を覆いつくしている。気分重いなあ、と隣でつぶやきが聞こえて、ぱっと顔を上げた。

 彼がのろのろと折り畳み傘を取り出している。気分だけじゃなく、体も頭も重いのかもしれない。

 大丈夫? と声をかけたが、吐いた言葉はどこか喜色を隠せずに、私は思わず口を押さえた。ゆっくりと彼の顔がこちらを向いて、不思議そうに瞬きをした。その動きすら重そうで、申し訳ないが小さく笑う。くすくす。

 何か機嫌がいいね、と彼は言った。気分も、体も、頭も重たいから、口調もどこかもったりと重たい感じ。取り出した傘をのろのろと広げるのを見届けてから、私も傘を取り出した。

 これこれ、と。

 弾んだ声で見せびらかす。新調したばかりの傘は、買ってからずっと使われることなく鞄の底に埋もれていた。雨の季節に我慢できず買い替えたのに、替えた途端暑い季節になってしまって。

 再びやってきた雨の季節、を、どこか待ちわびてすらいた。

 彼は新しい傘を見とめると、新しいやつ? と首を傾げた。私はまた、くすくすと小さく笑う。眠気を堪える子供みたい。ちょっと、かわいい。

 新しい傘を使いたかったのだ、と、自慢げにぱっと開く。彼の傘より華やかに、大きく開いた傘は、内側に青空が広がっていた。彼の目が僅かに細む。

 それから、優しい顔で私を見つめた。


「子供みたい」

「ええー? 君の方が子供みたいよ、眠たそう」

「うーん、ちょっと眠い。雨だから」

「早く帰って、ゆっくりしよ。でもほら、この傘だったらちょっといいでしょ」

「うん」


「かわいいね」


 ぽたん、ぱたんと。

 傘の上で雨粒が躍る。

 重たい足はのんびりと進んでいたが、この雨の道は、嫌いじゃない。


(20220624/00:15-00:30/お題:子供の秋雨 )

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