035. 武田さんは僕に厳しい

 武田さんは僕に厳しい。

 コピー部数を間違えた時も、メールの送信先がうっかり漏れていた時も、ぐっと眉尻を吊り上げて「横沢君!」と叱責する。

 武田先輩ってお前にあたりがきついよなあ、とは、同僚からよくかけられる言葉で、それには僕も苦笑で返す。傍から見てもそう思えるだろうし、実際僕も、僕にだけちょっと厳しいよなあとは常々感じているからだ。

 同じ課の別の子は、僕と同じような失敗をしても「気を付けてね」で終わってしまう。まあ、彼女のメンターは武田さんではないので、当然と言えば当然かもしれない。最も、メンター制度といえるほどきっちりしたものでもないけれど。


 ただ、武田さんは理不尽に叱ることはなかったし、できたことはきちんと褒めてくれる人だ。

 一度ミスをした後、次にうまく処理できた時は大袈裟に喜んでくれるし、理由のわからない叱り方はしない。

 「あたりがきついよな」と言われていても、僕が特に平気でいられるのはそのおかげだった。


 で、今。

 隣でべろべろに酔っぱらっている武田さんが、ぐちぐちと机に顎を乗せて何やら文句を言っている。


「大体さあ横沢君は私の後輩でさあ、私が丹精込めて育ててるってのに、課長も部長もみんなして自分の手柄みたいに褒めてさあ、そんなん私が一番知ってるってのよ! 藤峯君だって挨拶みたいに横沢君の事褒めるしさあ、あんたは金子さんのメンターでしょって」


 誰に聞かせたいわけでもなく、きっと僕が隣にいるのも気づいていない。

 つらつらと零れる言葉は「いかに自分が横沢君を認めているか」と、意訳すればそんなようなことで。

 じわじわと顔が赤くなるのは、手にしたビールのせいか、はたまた武田さんのせいか。

 こんな飲み会の席でまで隣なんて嫌だよなあ、と僕に同情していた同僚たちは、いざ始まれば僕らの方に近づきもしない。

 それが嬉しいような困ったような。


 でも僕は、そんな武田さんが僕の先輩でよかったと思っているし、なんだかんだ、この席から離れることはできないのだった。


(20220615/01:30-01:45/お題:意外な嫉妬)

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