029. 殺され方なら任せてくれ

 今日は刺殺だった。

 腹にぶっすりとナイフを突き立てられて悶絶。なるべく派手に血をばらまきながら、抵抗するため犯人の肩を掴む。返り血に汚れた犯人の憎悪に満ちた顔を正面から見たところで、見せ場は終わりである。

 後はぐったりと死んでいればいいのでらくちんである。

 刺された時に噴出した血液の殆どは、犯人によってあらかた掃除されてしまったが、血痕は良い感じに残っている。今日はダイイングメッセージの必要がないので、死にかけの気力を振り絞る必要もない。連続殺人の「一人目」なんてのは、大抵気が楽である。


 おっと、怖がらないでほしい。こういう“イキモノ”なのだ。

 RPGゲームのモブだとか、恋愛小説のモブだとか、そういう“イキモノ”がいるのはわかるだろうか。

 ただ、同じ分類の“イキモノ”であるだけである。彼らと違って、ちょっと血生臭い、「ミステリー小説の殺人被害者」だけど。


 血生臭さと比例して、仕事の難しさだって段違いだと思っている。

 今日は腹にぶっすり刺殺で済んだが、ものによっては毒殺で長く苦しまなければならなかったり、瀕死の状態なのになぜか複雑な暗号でダイイングメッセージを残さなきゃいけなかったり。

 殺人被害者層は実はとても少ないので(そうだろう、誰だってやりたがらない、“損”な役なので、割り振り数が少ないのだ)、小説だけでなく漫画にも出張するし、たまにアニメにも出ていたりする。

 そこで撲殺された男の死体だ、見たことがあるだろう?


 何度も何度も殺されることを仕事にしているものだから、段々自由自在に血痕を残せるようになってきたし、いい感じに犯人の皮膚片を採取できるようになってきた。あれだよ、爪でひっかいた時とかに出るやつ。

 仕事ぶりは結構評価されていて、最近は犯人の方からご指名も来るくらい。最も、狭い界隈なくせに、需要だけは沢山あるから、一人がいくつも仕事をかけ持っているのなんて当たり前なんだけど。

 現場が同じにならなきゃ同じ“イキモノ”同士で会話もしないから、他のやつらの状況がどうかは分からないけどね。


 それで、いつものように依頼の現場に来たはずなのだけれど。

 今日は絞殺で、そのあと井戸に沈められてしまうらしい。終わった後体温を上げるのが大変なので、体を温めるグッズを山ほど詰めた鞄が重たくなっていた。どうやって倒れようか考えていたのがいけなかったのか、どこかで世界を渡る道を間違えたらしい。


「おお、勇者よ!」


 目の前に、絶対に犯人にならなさそうなキラキラとした顔の女がいて、周囲で厳めしい鎧を着た騎士と思しき男たちがこちらを見ていた。

 絶対に違う。これは違うというのだけはわかる。


「あなたの力で、魔王を倒してください!」


 女が胸の前で手を組みこちらに寄ってくる。訳が分からないなりにその顔を正面から見返して――


「あの、死ぬのは得意なんですけど、殺すのは、ちょっと」


 思わず吐いた言葉に、女は奇妙な顔をした。


(20220527/01:00-01:15/お題:プロの血痕)

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