028. 偽りの恋人殿

 信じてたのに、と呟いた声は震えていた。

 声だけではない、全身が震えている。ルミエッタの声はひっそりとしたものだったが、その場の全員が聞き留めたのは、声よりもなお、彼女の全身が大きく震えていたからだった。

 険しい顔をしたアーサーが、ルミエッタの前に立ちすくむ女の事を睨みつけた。華美過ぎない花をモチーフにされたドレス。噂に流れていたような、派手な印象は受けなかった。首から肩にかけてを覆い隠すデザインは、いっそ清楚と言ってもいいくらいだ。ミカエルは静かに眼鏡を押し上げた。

(ハンナ・ローバー侯爵令嬢……)

 悪名高きローバー令嬢! その令嬢と、ルミエッタが近しい仲であることはこの場の全員が知っている。アーサーも、ミカエルも、ルミエッタの交友関係に口を出したことはないが、ハンナ・ローバーに関する悪い噂を聞くたびに、周囲の誰しもが心配していた。ゆくゆくは王太子の妻となる女性の交友関係が、悪い繋がりであるなど、アーサーにとって致命的な欠点になりかねないからだ。

 そして、今日。お茶会を開いたルミエッタの元にやってきたハンナは、その席でルミエッタに暴言を吐き、暴力をしようとした、らしい。らしいというのは、その現場をミカエルたちは誰一人目撃していないからだ。お茶会は令嬢二人だけで催され、王宮内の庭園の、奥まったところにある東屋を貸し出していた。

 ルミエッタがはらはらと涙を流してアーサーにもたれかかる。ハンナは無表情にこちらを見返していた。アーサーが一歩、前に出て、ルミエッタをハンナの視線から隠す。それから、ハンナではなく、傍にいた侍女たちに視線を向けた。

「発言を許可する。この場で起こったことを嘘偽りなく証言せよ」

 侍女たちは互いに顔を見合わせて、それから代表して一名が前に進み出た。ルミエッタがいつも連れ歩いている、彼女の筆頭侍女である。

「恐れながら、発言致します、殿下。ルミエッタ様とローバー様がお茶を飲んでいた最中、突然ローバー様が飲んでいたカップを取り落とし、激昂して立ち上がったのでございます」

 続いて、同じくルミエッタの侍女が前に出た。

「わたくしも発現致します。わたくしどもは離れた位置に控えておりましたので、お二方のお話は聞いておりません、殿下。ローバー様がカップを落とし、立ち上がったところは、わたくしも目撃しております」

 わたくしも、わたくしも、と、そのほかの侍女が同意する。状況自体は間違いではないらしい。

 それで漸く、アーサーがハンナをもう一度睨みつけた。ミカエルはため息を吐きそうになるのを堪えながら、隣にいたケビンに目で合図する。ケビンは頷いて、集まってきた騎士に合図を出した。

「……長らく迷惑をかけたな、ハンナ」

「いえ」

 睨みつけながら、アーサーが謝罪した。

 えっ、と、声をあげたのはルミエッタである。アーサーの背後に隠れていたルミエッタを、やってきた騎士たちが即座にルミエッタを拘束した。

「なっ、なんで、わたくしが!?」

 戸惑うルミエッタの声に、漸くミカエルは前に出た。アーサーが胡乱気な目でこちらを見ている。もうルミエッタと会話もしたくないのだろう。

「元より、殿下の婚約者はハンナ様です。幼少時に内々で決定しておりました。ですから、わたくしたちは」


 あなたの計画など全て知っていましたよ、と。


(20220524/01:00-01:15/お題:暴かれた悪)

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