027. 虫の息

 気が付いたら見知らぬ部屋の中にいた。

 気が付いたら、という表現はきっと正しくない。先ほど受けた傷が全身を蝕んでいて、もう長く飛んでいられる気力もない。早く安全な寝床に帰りたくて、でも随分遠くまで来てしまったので、帰り道がわからず右往左往していたのだ。

 風に乗って飛ぶことは造作もなく、きっと元の場所に帰れるだろう、と。

 妙な信頼をしたのがいけなかった。風に乗って、流されるまま。気がつけばもっと見知らぬ場所にいて、透明な何かに隔てられた、見知らぬ部屋の中にいた。


 羽をはばたかせてどうにか外に出られないかと、うろうろと様子を見ている。

 透明な壁のような物は、透明なので当然外の世界が見える。向かいたいのは外であって、この部屋に用はない。ぐるりと周囲を見回してみても、傷ついた体を癒してくれそうな、木々も花も全くなかった。

 固くて白いものが並ぶばかりで、それが何なのかよくわからない。ふと、時折見かける、大きな動く敵の事を思い出して、少しばかり怖くなった。


 早く出ていかなければならないのに。

 透明な壁は恨めしいほど鮮やかに外の世界を映すのに、逃がさないと言わんばかりにどこまでも続いている。

 否、壁の切れ目があるようなのだが、どうも、通り抜けられる幅がない。何とか外に出られないかと体をぶつけてみたりもしたが、瀕死の体がますます悲鳴を上げるばかりで、成果は得られなかった。


 やがて。


 羽がピクリと動いて、それから動かせなくなってしまった。

 力を入れてもぶるぶる震えるのは体の方で、上手く飛べない。羽が動かせなければ飛んでいることもできない。落ちるのはあっけなかった。

 体だけではない。手も足も、全部が震えている。結局死んでしまうのか、と、脳裏をよぎったのはそんな言葉だった。


 それで。


 黒い影がぬっと頭上に現れる。大きな何かだ。ゆっくりとだが動いている。こちらを見降ろしているようだ。

 何か、よくわからない音がして、黒い影からぶしゅっと何かが吐き出された。冷たい水滴だ、水をかけられたのだ、気が付いた時には、弱り切った体はもう動かすこともできなくなっていた。

 震えすらしない。

 緩やかに、けれど確実に。

 体に沁み込んでいく水滴が、何か“良くないもの”だと理解した。それで、黒い影が迫り来て、そのまま。


 意識はそれで、途切れてしまった。


(20220523/01:30-01:45/お題:死にぞこないの過ち)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る