026. 許されざる親近感

 ばちん、ばちん、と、レバーを下げるとセットされた本の表紙にでかでかと赤いスタンプが押されていく。

 この機械は、スタンプを押すだけの機械だ。回収された全国の小説本について、ひとつひとつ、認可本か処分本かを判断して該当するスタンプを押していくのだ。

 新規で出版される小説本については、出版前の段階で検閲が入るため、後からスタンプの押印など面倒なことをしなくて済むのだが。ここに集まってきているのは、優良図書選定法が策定される以前に出版された本だけである。

 スタンプを押すだけの機械が四つ。感覚を開けて並んでいる。

 個人所有の本についても対象になるので、回収時に個人識別のバーコードを張り付けて、それを読み取りながら処理をしていく。レーンに乗せられた本が一冊一冊流れてくるので、画面に表示される判定を見ながら、私たちは「認可」か「処分」のスタンプを押していくのだ。


 私の動かす機械の隣は、冴えない眼鏡のおじさんである。

 やや太り気味と思われる体型で、スタンプを押すだけの仕事なのに、いつも方に手ぬぐいをかけ汗を拭っている。私より職歴は少し長く今年で四年。私は二年半なので、彼ともそれなりの付き合いだ。

 おじさんの事を私はよく知らない。

 何せ作業中は私語厳禁。休憩時間は故意にずらされており、職員同士が交流できないような仕組みになっている。あるとすれば、時折起こるシステム障害の対応相談くらいで、後は配属直後の先輩指導くらい。ちなみに、隣の機械だったので、私の事はおじさんが指導してくれた。


 けれど、私はおじさんになんとなく親近感を覚えていた。

 幾らか感覚が開いているとはいえ、先のレーンの行き着く場所は同じである。自分の処理した本の行方をなんとなく見守っていると、おじさんの処理した本が合流してきて、一緒に発送センターへと送られていくのである。

 赤いスタンプは大きくて、せっかくの表紙のデザインなどお構いなしに中央に押されてしまうので。

 その、スタンプの位置がどんな様子かなど、一目見ればすぐに分かった。


 私は大抵流れ作業で行ってしまうので、雑然と並んで送られてくる本に、ばちん、ばちんと適当に押してしまう。

 向きも位置も指定がないので、それも別段悪い作業ではない。だからスタンプが斜めになっていたり、時には反対向きになることもあった。

 反しておじさんは、いつも几帳面なくらい中央に、平行になるようスタンプを押していた。流れてくるレーンでどうやって本の向きを正しているのかと思ったら、図書判別時の隙間を狙って次の本の位置を正しているらしい。これは、隣で作業していればすぐに知れた。


 その、おじさんの几帳面なスタンプが、時折私のスタンプのように、ぐらりと歪んでいるときがあった。

 いずれも処分本である。そして、それらの本は、私もスタンプを押すのを躊躇ってしまうような、“面白い”小説ばかりだった。


(この人とは、多分読書の趣味が合う)


 だろうな、と考えはするものの。

 私たちは会話をしない。今日も私はおじさんのスタンプを見て、いい本だったな、と一人共感するのだ。


(20220523/01:15-01:30/お題:小説の警察官)

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