024. 結局おしくらまんじゅうが最強ってこと
「あーあ、どうしてこうなっちゃったんだろ」
「美作の所為だぞ、お前が忍び込んでやろうなんて言うから」
「うるせー、お前らだって盛り上がってたじゃんよ」
すう、と冷たい風が両腕を撫ぜた気がして、美作は思わず腕を摩る。辺りは真っ暗闇で、すぐ近くにいるはずの須藤や成田の顔も見えやしない。こんなことなら懐中電灯の一つでも持ってくればよかった、と思ったが、後の祭りだ。ポケットに入れっぱなしのスマートフォンは、先ほど充電を切らしたばかりだった。
「成田がスマホ置いてきてなけりゃなあ」
「それを言うなら、お前がちゃんと充電してりゃあ良かったんだよ」
ぶつぶつと文句を言い合うのは、この場所が明かりの取れない暗闇に包まれていて、隙間風がぴゅうぴゅうと拭いてくる冷たい場所で、どうにも、閉じ込められてしまっているからだった。
幸いなのは、古い校舎の用具庫とはいえ、毎朝職員が掃除用具を出し入れする場所である、と言うことだろう。学校が開くのは朝七時頃だと聞いているから、あと四時間。あと四時間耐え忍べば、とりあえず、明るい外には出られる、はず。
「あー、お前らの馬鹿に付き合うんじゃなかった」
須藤が盛大にため息を吐く。また、すう、と冷たい風が通り抜けたので、仕方なく美作は近くの誰かに身を寄せた。男同士でくっつきあうなど、常なら我慢ならなかっただろうが。今は仕方あるまい。寒いし、暗いし、周囲の様子もわからない。人肌が近くにある方が、幾らか安心できた。
美作がくっついたのは須藤の肩あたりだったらしい。須藤が「誰だよ」と胡乱気な声を上げたので、美作は「わりぃ、わりぃ」と軽く笑う。気楽な声を出さないと、どうにも気が滅入ってしまいそうで。
「巻き込んで悪かったよ。結局、“貴婦人”の絵は見つかんなかったし」
「大体、そんな有名な絵なら校内にあったとしても美術室か準備室だって。用具庫には入れんだろ」
「そうだよなあ」
そもそも、こんな深夜に用具庫に侵入しようと思い至った経緯と言えば、だ。
校内のどこかに、“貴婦人”という題の名画があるという噂を聞いたからだった。
美作が仕入れた情報によると、この学校の卒業生で、フランスにまで留学しに行った画家がいるらしく、その画家の寄贈品が“貴婦人”という作品らしい。ここ数年、その画家が急に売れ出したので、無名時代の作品である“貴婦人”に高値がつくのではないか、と噂になっていた。
別段、その“貴婦人”を手にいれたかったわけではない。盗もうなどとは露ほどにも思っていないし、美作はただ、人目絵画を見たかっただけだ。
それに、須藤と成田がのっかって、“貴婦人”があるとされる用具庫に忍び込んだ、というのが今に至る経緯だった。
「さみぃ」
ぶるり、と、須藤の体が震える。ぴたりとくっついていた美作にも震えが伝わったようだった。
成田がソワソワとした様子で、「なんかかけるものねぇかな」と声を上げる。様子から周囲を見渡しているようだが、用具庫なので下手に動くと物を落としたり壊す可能性があった。落ちてきたものが安全とも言えないし、視界がない以上、不用意に動けない。
「おしくらまんじゅうでもするか?」
仕方なく、提案する。じっとしているよりは動いた方がいいだろう。それに、おしくらまんじゅうなら密着できるので、それだけである程度の暖にはなる。
「ばかいえ、そんなんだったら、俺が爆笑ギャグかましてお前らをあっためてやる」
だというのに、おしくらまんじゅう案は素気無く却下された。
すわっと空気の動く気配がして、成田が立ち上がるのを感じる。美作は須藤にくっついたまま、じっと成田のいるらしき方を見つめた。
「よく見てろよ、俺の渾身のギャグを! 見よ! 教頭の挨拶!」
ばばっ
何かが動く音がしたが、美作の視界は暗闇に包まれたまま。須藤も同様で、「え?」と声を上げるのみ。
立った成田はもう一度、何かをなそうと体を動かしているが、やはり様子はわからない。
(20220517/00:30-00:45/お題:漆黒の闇に包まれしギャグ )
「成田……お前……」
とうとう気でも触れたか、と、思わず口にしそうになって、美作は慌てて口を押えた。あんまり暗闇にいるものだから、自分の動きが見えないことを忘れているらしい。
成田は思ったような爆笑が出なかったのを不満げに、「なんだよぉ、お前ら」と文句を言った。顔は見えないが、恐らく口をとがらせていると思われる。
そのまま、どしん、と成田の座る音がする。ついでに少し埃が舞ったようで、けほ、と小さく咳をする。くっついたままの須藤が、はあ、と深くため息を吐いた。
「……おしくらまんじゅうでも、するか」
そうして一瞬、須藤の肩が離れたので。
美作もまた体の向きを変えて須藤の傍に寄った。成田はなおも、「ちぇ、絶対ウケると思ったのに」と悪態をついていたが、それでも同じように体を密着させてきた。
「よーい、」
おしくらまんじゅうなんて小学生の頃以来だ、美作が思った瞬間、須藤の声が高らかに響く。
それで、ぐ、と足に力を入れた。背面で密着する、須藤と成田の肩と背中がぎりぎりと押し寄せてくる。人数が少ないから、両肩がダイレクトに痛い、けれども。
ぴゅうぴゅう入る隙間風は足元で踊るばかりで、美作はもうそこまで寒くはなかったし、背面を向いたことで気が付いた、背の高い棚と棚の隙間から、壁の高い位置にある窓がひっそり見えることに気が付いた。
丸い月が白みかけた空の中で落ちようとしている。「あ」と美作が声を上げたところで、成田の体がぐい、と勢いよくやって来て、保たれていた均衡が崩れ去る。
勢いよく倒れ込んだ美作にかぶさるように、須藤が、成田が重なって来て。
「うわぁっ!」
悲鳴は三人分だった。
先ほどの比ではない量の埃が舞って、全身が痛い。
もうすぐ朝だ、と、美作は思った。
気づけば、本当にうっすらと、自分に重なる二人の顔が笑って見えた。
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