023. 実体のない熱だから

「えーっ別にいいじゃん? ダブルでも」

 覗き込んだスマホに悲鳴じみた声を上げて、ナツがむう、と頬を膨らませた。

 ぴったりとくっついた肩の先から、ナツの汗のにおいが香るようだった。自分も同じくらい汗をかいているだろうから、別にそれは気にならない。ただ暑いな、と思って、けれども突き放そうとはしなかった。

 眺めているのは夏休みの旅行先について。最近ハマったゲームに出てくる、新選組のキャラクターに夢中のナツが、問答無用で旅行先を京都にしてしまった。まあ、それは別に構わない。一緒にゲームをしている俺だって、ハマっていないわけではないのだし。

 ナツは俺のスマホをひょいと抜き取ると、すい、すい、と指を動かし勝手に画面をスクロールする。大人二名、二泊三日、シングル、朝食なし、素泊まりプラン。検索条件から「シングル」が外される。

「ほらぁ、こっちのがちょっと安いじゃん」

「どれ? ……ああ、ほんとだ」

 突き返されたスマホを見れば、先ほどよりいくらか金額の下がったプランが表示されていて。

 ベッド数で料金が増減するのは、単純に考えてその通りだろう。ナツと同じ布団で寝たことがない、わけではなかったが、それでも何か、“ぎくり”とした感覚に陥って、ほんのわずかに指が強張る。

 ぎゅ、と握りしめたスマホが小さく音を立てた。慌てて指の力を緩める。すぐ近くで、ナツにも聞こえていただろうに、気にした様子もなく俺を見上げた。

「ユズ?」

 いいでしょ、と、言わんばかりの眼差しに。

 う、と息を飲む。ほんの少しでいいから、ぴたりとくっついた肩から距離を開けたい気持ちになる。ため息は数秒の後吐き出された。

「……仕方ないな」

「やっりぃ! ちょっとでも節約して、限定グッズ買うんだぁ!」

「はいはい……」

 楽し気なナツはそれで漸く体を離した。座りなおしてテレビの方へ向かう。

 鼻歌でも歌いそうな様子のナツが、がちゃがちゃとゲームをセットしていく。ケーブルをつなげて、やりたいゲームを選んで。

 俺はすっかり消え失せたはずの肩の熱、が、まだそこに残っているような気がして気が気じゃない。突き返されたスマホは、もう少しで予約完了の画面に到達しようとしていた。

(それで、ダブルで寝たとして)

 ダブルベッドの部屋、なんてのは、普通カップルとか、家族とか、そういうのを想定している部屋に違いなかった。友人同士で泊ってはいけない、なんて、決まりはないのも知っているけれど。

(……俺、寝れるんだろうか)

 ゲームを選び終わったらしい、ナツがぱっと笑みを浮かべてソフトを掲げた。件のゲームのキャラクターが出てくる、対戦ゲーム。「やろうぜ!」と告げる顔は明るく眩しい。

 俺はそれに頷いて、スマホの画面をぱっと閉じた。予約完了の文字がすぐさま消える。少ししたら、控えのメールが届くだろう。


(それで、俺は)


 あの熱に近づいてほしいような、離れてほしいような。よくわからない感情を、持て余している。


(20220509/00:00-00:15/お題:幼い関係)

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