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021. 乙女ゲームなんかじゃない

「俺のこと、好きなんだろ?」

 囁くように問えば、目の前の女はカッと顔を赤くして、違うとも、そうだとも答えられず口を閉じた。


 学内は爵位の差なく平等である、と教育理念で謳われているものの、俺の身分を前に敬わない生徒はいない。何せこの国の王太子である、単純に考えれば、国王の次に高い身分になる。

 だというのに、目の前の女は事あるごとに俺の前にやって来て、やれ散らかしたごみを片付けろだの、迷惑だからテーブルを占拠するなだの、やいやいと小言ばかりを言う。

 ごみの片づけはもとより俺のやることではないし(召使がやるものだ)、テーブルを占拠したのは俺ではなく取り巻きたちだ(集まれと命令したわけではない)。

 女がそうして俺の前に立って小言を言うたび、俺は丁寧にそう説明してやるのだが、女はむっと顔を顰めるばかりで「それでも学内にいる限りは王太子と言えど率先して理念にふさわしい行動をすべきです」と主張した。

 俺に突っかかってくることで、女が他の生徒から遠巻きにされていることを知っている。

 いじめのようなものを受けているらしい、とは、気を使った取り巻きの一人が寄越した情報だった。俺はそれを「ふうん」と流しただけだったが、それでなお、俺に突っかかってくる女のことが、多少なり、気になるようになっていた。


 単純に考えて、自分の利にならないことをし続ける理由がわからなかったのだ。

 俺が行動を正したとして(そもそも間違ってもいないのだが)、女が何か得することはない。こうも不快な気持ちにさせられた女の事を、俺が寵愛するはずもないし、女だって俺の妃になりたいわけではないだろう。

 俺に話しかけるたび、いじめがエスカレートしていくというのに、何の意図があって俺にばかり構うのか。

 いっそ教師が対応しても良いかと思ったが、聞けば女は特待生で、平民から選ばれる奨学生の一人らしい。


(なるほど、俺がいてもいなくても、結局いじめられるわけ)


 なら思う通りに行動しようと思ったのか。それとも、果たして。


 問いかけに女は答えないまま。俺は「当たりか?」と茶化しながら、一歩、女の方に踏み込んだ。女の背中が壁につく。逃げられないように、腕を置いて囲ってやった。女の顔が今度はさっと青くなった。失礼な奴だ、王太子の顔を前にして。

(これでも綺麗な顔と社交界で噂なんだがな)

「お前がそうまでいうなら、特別に関係を考えてやってもいいが」

 だからいい加減、俺に付きまとうのをやめろ、と。そう続けるはずだったのに。

 ふるり、と一度体を震わせた女が、青くなった顔のまままっすぐ俺を見つめ返して、「冗談はやめてください」と目じりを吊り上げた。

 近くで見ると睫毛が長い。意思の強い瞳をしていた。まっすぐ、俺にこびへつらう取り巻きたちでは見られない、まなざし。


「そういう殿下が、私の事を好きなのでは?」

「は、」


 続いた女の声に吐息が漏れた。

 誰が? 俺が?

 誰を? この女を?

 苦し紛れの叛逆を、と、笑ってやろうとしたのに、急に火照り始めた顔に動揺して、女の手がそっと腕に添えられる。

 俺の体は正直に、そのまま女を抱きしめたいのを何とか堪えた。


(20220505/23:45-00:00/お題:苦し紛れの反逆)

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