019. 私は一人佇んでいた
あきちゃんはスキップしそうな勢いで、それでね、それでね、と話を続けた。
背負ったランドセルがガチャガチャと音を鳴らす。話をするたび、大きく手を振るものだから、ランドセルの中身ががっちゃんがっちゃん弾んでしまうのだ。わたしは少し、うるさいなあ、と思ったが、あきちゃんは気にしていないように「たっくんがね」と続けている。
「たっくんは、スイカに塩かけて食べるって! それでね、あたしもやってみたんだけど、かけすぎちゃったのかすっごくしょっぱくて」
こんなにしょっぱかったんだよ、と、あきちゃんの顔がぎゅっとちぢまる。本当に小さくなったわけではなくて、ぎゅっと中心に寄せたような“へんがお”で、顔に合わせてあきちゃんの体もぎゅっとちぢこまったようだった。肩を竦めて、がちゃん、と、ランドセルの中身が強く音を鳴らす。
わたしはわはは、と笑うこともできなくて、そうなんだぁ、と小さく笑みを浮かべた。途端に、あきちゃんの顔がむっとする。
「ゆきちゃん、本当に聞いてた? ほんとにほんとに、すっごくしょっぱかったんだよ!」
それからもう一度、ぎゅって“へんがお”。
仕方なく、わたしは「あはは、あきちゃん変な顔」と声を上げて笑ってあげた。満足したように、あきちゃんの顔がもとに戻った。
わたしはどうにか、顔を笑ったままにして、あきちゃんのランドセルが再び音を鳴らすのを待っている。あきちゃんは止めていた足を進めだすと、「ゆきちゃんはさ、」とにやにや顔でわたしを見た。
「ほんとーに、好きな人いないの?」
何か言いたいことがあるのに、直接言わない感じがとても嫌な感じだった。
わたしは小さく口元を上げただけで、ちゃんと笑えたかわからない。あきちゃんはわたしの顔を見て、「ふーん、へー、誰?」とわたしの方に寄ってきた。
「いないよ、ほんと」
ほんとにいないの。
続けてみても、あきちゃんは信じてくれない。「誰にも言わないよぉ」と、まるでわたしに好きな人がいるのが当たり前みたいに言う。
「いないんだってば」
仕方なく、少しだけ強く言った。
あきちゃんの顔がぴたりと止まって「ゆきちゃん、ひどい」と冷たい声を出す。急に腕も、背中も、ぞわぞわとして、わたしは思わず立ち止まった。
「あたしはちゃんとたっくんのこと、教えてあげたのに。あたしには教えてくれないんだ。ひどい」
それから、あきちゃんの目にじわじわと涙が浮かび始める。わたしはびっくりして、「ほんとにいないんだってば」とあきちゃんに近寄ろうとした。
一歩、近づくと、あきちゃんは一歩下がる。わたしのことを見ずに背中を向けて、「ゆきちゃんは、」と声だけくれた。
「ゆきちゃんは、あたしのこと、友達だって思ってないんだ。ひどい!!」
走り出したあきちゃんを追いかけることはできなかった。
急に、何か、あきちゃんが知らない子になったみたいに思ったのだ。
好きな人は、いなきゃいけないの?
わたしがおかしいのか、どうなのか、わからない。
本当にいないのに、いない“好きな人”をわたしはどうやってあきちゃんに教えればよかったのだろう。
あきちゃんはきっと、わたしが追いかけてくることを待っている。それで謝るのを待っているのだ。
本当に、いないのに。
(20220503/23:45-00:00/お題:右の孤島)
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