018. 心身を清めて食すこと

 目の前に差し出されたデザートカップに、思わず垂れそうになる涎を堪えた。

 とろとろと流れ落ちるカラメルソース。優しい色合いの黄色。見事な台形の上に鎮座した、鮮やかな発色のサクランボ。

 全てが完璧だった。これ以上の芸術がこの世に存在するだろうか。いやない。私が決めた。

 思わず合掌をする。目の前の素晴らしい芸術作品に対する神々への感謝と、これを調理した調理人と、食材作った生産者と、その他もろもろ携わった全ての人への感謝である。食とはこうも尊い行為であったか。私は涎と同じく涙も堪えた。


 プリンである。

 至極のデザート、プリンである。


 目の前にぷるぷると揺れるプリンが、もう食べてしまうのか、と私に訴えかけてくる。

 もう少し鑑賞して楽しんでもいいんだよ、とも、早く食べて幸福になってもいいんだよ、とも聞こえる。姿は見えないが、プリンの精が今この場にいるに違いなかった。


 震える手でスプーンを持つ。

 ここ数日、至福の時を邪魔されてばかりだったので、プリンの外観を堪能するのもほどほどに、早くその味で幸福になりたい気持ちも強かった。

 ちょっとした振動ですら震えるプリンは、スプーンが差し込まれるのを今か今かと待っている。思わず正座になってスプーンを表面に当てた。

 ぷるん、と、名の通り弾力のある感触に心も跳ねた。もはや愛らしい。プリントは芸術であって、愛なのだ。世界を救うし、プリンがあれば平和にもなろう。そうだ、人類はプリンを食べるべきなのだ。

 なめらかな表面を崩すことに罪悪感を抱きながらも、スプーンをプリンに差し込んだ。ぐっと力を入れると、思いのほか柔らかく、すっとひとかけら分掬い取れる。

 完璧な外観が崩れるのはあっという間だった。これぞ諸行無常。しかしながら、スプーンに乗ったひとかけらのプリンすら、どこか慈愛に満ちた神々しさを感じる。やはりプリンは神である。私は「ああ、神よ」と、呟くのも堪えねばならなかった。これからこの口にプリンを含むのである。


 想像してほしい。

 弾力があって、なめらかで、でも程よく柔らかく、少しほろ苦いカラメルソースがたっぷり絡んだプリンのひとかけらを。

 そっと、丁寧に口の中に落とす。舌に触れた瞬間、優しい甘みが私の全身を包み込んだ。

 これぞ幸せである。この世は天国だ。やはりプリンは宇宙だった。


「ああ……幸せ……!」


 今度ばかりは我慢せずに呟いた。

 隣で私を見つめていた、彼のプリンはもうなくなっていた。


(20220503/01:00-01:15/お題:大好きな出会い)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る