017. 誰よりも美しく咲くところ
まるで溺れてるみたいだ、と、ステラは笑った。
一面に広がる黄色い花は、そよそよと風に吹かれて同じ動きで揺れている。長い茎をかき分けるようにして進むのは、溺れているみたいだ、と。
レイユは前を歩くステラの背中をまじまじと見つめていた。ずんずんと、校内を歩く時と同じような速度で、ステラの足取りは迷いがない。背の小さいステラでは、余計に“溺れている”ようではあったが、その勢いのある歩行速度に思わず小さく笑いを溢す。ひゅうひゅうと緩く流れる風のせいで、笑い声はどこかに消えてしまった。
からからとステラが笑う。黄色い花はどこまでも、どこまでも続いているようで、先が見えない。迷子になっちゃったね、と、ステラは言った。
「あたしたち、二人だけ見たい」
それで漸く向き直る。レイユは小さなステラの腕を掴んで、その白い肌に傷がないのを確認した。強引にかき分けて進むものだから、厚い葉で擦ってやしないかと心配していた。
そのまま、白い肌にするりと触れる。
日差しの厚い日だというのに、ステラの腕はひんやりと冷たかった。体温が低いのを知っている。怪我の一つもないことを確認したのに、手を離せなかったのは名残惜しかったからだ。
あるいは、自分の体温を分けてしまえたらと。
「レイユ」
ステラは笑う。それで、レイユの事を見た。
まっすぐと、明るい茶色の瞳がレイユを映していた。いつものように仏頂面。レイユは自分の顔が好きではなかった。感情の表出しにくい、恐ろしい、顔。
「笑って」
とん、と、ステラの人差し指が眉間あたりを突き刺したので。
知らず皺を寄せていたらしい。瞬きをして額を抑える。ステラの人差し指は、無遠慮にぐいぐいと強くなるばかりだ。
「笑えって、いったって」
面白い事など何もない。そうだ、レイユは途方に暮れていた。
見渡すばかり黄色い花で、ステラはけらけらと笑うばかりで。どこへ向かっているとも教えてくれない。ただ迷いなく進む足取りに、レイユは従っていただけだ。
彼女の行く先が見たいからではなくて。置いて行かれたくなかったから。
ステラは「大丈夫だよ」と笑みを深めて、それから、傍らに伸びた茎をぱきんと折った。
自分の身長を超す大きな花を、丁度良い長さになるまでぱきん、ぱきんと。
やがてステラの手に余るほどの大輪が、レイユの目の前に差し出された。はい、と、然も当然のように。
「元気出して」
まるで何でも分かっているかのように。
差し出された花をじっと見つめる。大きな花は、太陽に焦がれて空を仰ぐのだとどこかで聞いた。まるで自分のようだと、そう。
(おこがましい)
花は空にまっすぐ向いて、自信気に咲き誇る。我こそが一番美しいのだと主張するように。鮮やかな黄色を光に晒して。
レイユには出来そうもない。花は受け取れなかった。
「仕方ないな」
代わりにじっと見つめていると、小さく息を吐いたステラがひょいと踵を上げた。レイユの頭をぐっと掴んで、寄せる。
「あ」
短くなった茎をレイユの黒髪にするりと挿して。
ステラはにんまりと、満足そうに笑った。
「似合ってるよ」
(20220503/00:45-01:00/お題:黄色い友人)
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