015. 完全なる不完全

 ぐ、と足に力を入れると、思う通りに体はジャンプした。

 両手を広げてぐるぐる回すことも、走り回ったってかまわない。体は柔らかく前にも後ろにも、横にだって倒せるし、片足立ちで何時間だって立っていられそう。

 こんなに体が軽いなんて思ってもみなかった。私が周囲を見回すと、同じように、ぴょんぴょん跳ねたり、走ったりする人が多い。

 見慣れた自分の体に、一つも管が繋がっていないのは新鮮だった。私の肌、こんなにきれいだったんだ、なんて、少し感慨深くも思う。

「はーい、皆さん、集合してくださーい」

 まじまじと自分の体を見回していると、アナウンスが響き渡った。周囲の人が真ん中の広場に集まるのに合わせて、私もそちらへ向かう。アナウンスをしていたのは、毎日見ていた看護師の一人だった。

「お体の調子はどうですか? 上手く動かないとか、感覚がない方がいたら、一度“戻します”のでお声掛けください。今日のテストは三十分になります」

 三十分かあ、と、人々がざわつく。私も同じように残念に思った。

 数年前から実施されている「テスト」は、決められた時間だけ元気な体を手に入れて、そこでどれだけ支障なく過ごせるかを確認するものだ。少しずつ、少しずつ時間が伸びていって、最終的には「テスト」でなく「本番」になるのだと聞いている。

 テストの間、自由に過ごしていい私たちは、仲のよい人同士で集まるところもあれば、一人でふらふらとやりたいことをやる人もいた。

 私も仲が良い人がいるが、今日はスキップで街中を巡りたくて、一人、輪の中から外れる。

 早く「本番」になればいいのに、と言うと、私の家族は少しだけ悲しそうな顔をする。この「テスト」を受けられるのは私たちだけで、私たちの家族は中には入れない。本番になったらお別れだからね、とは再三言われた言葉だが、自由に動く体を前に、家族との別れは大した問題でもないように思えた。


 いつかは、家族も、「ここ」に来るのだ。


 私たちは知っている。病院も、家族も、皆ひた隠しているが、この「テスト」が果たしてどんなもので、どんな未来のために行われているのかを。

 人権の侵害だと騒ぐつもりは毛頭ない。何より私たちは、「戻って」しまえば指先一つ動かせず、幾本もの管に繋がれた不自由な体になってしまう。


 新しい体を、自由な体を、元気な体をありがとう!


 感謝こそすれ、恨むなどとんでもない。

 例え「ここ」が死後の世界の一端だったとしても、だから私たちは喜んでジャンプをし、走り回って、スキップをする。


(20220427/01:45-02:00/お題:元気な体 )

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