014. ままごとのふり

 人を拾った。


 土曜の昼下がり、散歩に出かけた公園の隅の事だ。

 ボールで遊ぶ子供たちがわあわあと広場を走りまわるのを横目に、遊歩道をのんびりと歩いていた。今の季節はチューリップが見ごろで、道沿いに植えられたチューリップの花が色とりどりに目を楽しませてくれる。


 その人は、咲き乱れるチューリップの中に溶け込むようにして、蹲って座っていた。


 通り過ぎる誰もが気づいていないようだ。小さく、小さく体を縮めていたからかも知れないし、その髪の毛が、付近で咲くチューリップの花と同じくらい、鮮やかな黄色だったからかも知れない。

 思わず目の前で立ち止まった私を、その人はのろのろとした動作で見上げて、それから、何かを言おうと口を開いた。

 言葉が出なかったのは、言葉よりも先にぐう、と大きな腹の虫が鳴り響いたからだ。

 驚いたのは私だけではなくて、顔を上げた、その人のまあるい瞳が更に大きく丸くなった。キラキラの海面みたいな、鮮やかな青い瞳が太陽の光を受けて眩しい。


「ごはん、食べる?」


 問うていたのは反射神経のようなもので、言葉と同時にするりと差し出した掌を、その人はまじまじと見つめていた。今日の昼食は冷製パスタにしようと思っていたのだ、と、思い出す。暖かくなってきた頃合いで、さっぱりとしたものを食べたくて。

 数秒だったか、数分だったか。

 わからなかったが、その人は私の手を取った。立ち上がると私よりも大きい体で、うっすらと汚れているが、質の良い布で仕立てられた、ワイシャツとスラックスを着ている。

 荷物などはないようだった。よく見れば靴も履いていない。どこかを走り回ったのか、真白い足は泥で汚れていた。


 それが、なんだか妙におかしくて。


 恐ろしいとは思わなかった。

 見ず知らずの、浮浪者と言われてもおかしくないような、異国の風貌のその人に。


(小さな子供みたい)


 それで、もう一度その人の顔を見上げれば、ぐ、と眉間に皺を寄せているのに、どこか瞳は切なげで。助けを求める迷子みたいだ、と、そんなことを思う。


「一緒にご飯を食べましょ、私の家、すぐそこだから」


 代わりに歌うように告げた。この外見なので、私の言葉が通じているかは定かではなかったけれど。

 私が害意なく、するりとその手を握ったものだから。

 その人はおどおどと不安な様子を滲ませつつも、大人しく私についてきた。


(帰ったらまずお風呂に入れて、待ってる間にパスタを作って、)


 ああ、パスタは二食分あったかしら?

 足りなそうであればそうめんでも茹でてしまおう。そういえば、この人は箸を使えるかしら?

 つらつらと考えるのが楽しかった。まるで子供の頃、おままごとをして遊んだような気持ちで。


「ご飯を食べて、お腹がいっぱいになったら、あなたの名前を教えてくれる?」


 問いかける。

 その人は困った顔で微笑んで、それから小さく、頷いた。


(20220418/20:45-21:00/お題:幼い昼食 )

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