012. 暑い日

 鳴り響く電話の音で目が覚めた。どこかでスマートフォンが鳴っている。

 適当に引っかけただけのブランケットが腹からずり落ちていて、エアコンの冷風をまんべんなく受けた腹が随分冷えていた。なんとなく体が怠い感じと、腹の冷たさに比例した重さを抱えながら、のっそりと体を起こす。

 スマートフォンは煩い音を響かせたままだ。普段からなくしがちなので、着信音を最大音量にしていがのが悪かった。煩いな、とは擦れた声で呟いて、室内を見回す。部屋を越えた感じはしないから、この部屋のどこかにあるはず。

「ああ、ここか」

 よく入り込んでいる枕の下も、クッションの下も、ベッドの下も見当たらなくて、何気なく机に視線を向けたところ、卓上ゴミ箱の中に突っ込んでいたようだった。鳴り響く着信音に合わせて、ゴミ箱がぶるぶる小さく震えている。どうでもいいが、相手も相当気が長い。自分だったら十コールも待てずにすぐに切ってしまっただろう。

「はいはい、と」

 幸いゴミ箱の中にゴミは入っていなかったので(といっても、消しゴムのカスとか使い終わった付箋だとかを捨てるゴミ箱なので、入っていたとしてもそこまで不快感はない)、引っ張り出したスマホを直接タップした。液晶には見慣れぬ数字の羅列だけで、発信者が誰なのかはわからない。

「もしもし?」

 擦れた声のまま返事をすると、急に全身が暑さを感じ始めたようだった。

 寝る前に入れたエアコンは今なおガーガーと音を立てて動いている。ただ快適に寝るために、自分の少し上あたりに風が通るよう羽を固定したものだから、冷風が室内全体に回っていないのだ。冷風の通り道からずれたので、強烈な涼しさがやんわりとした涼しさになって、体が暑さを思い出す。

「もしもし、――さんですか?」

 知らない声が名前を呼んで、思わず眉根を潜めた。知らない番号からの着信で、自分の名前が出てくるというのはどうにも落ち着かない。思い出した暑さと合わせて、ぽとりと汗が顎を伝った。

(暑い)

 暑い、と、思いながら「そうですが」と同意した。電話口の声はそのまま、以前投稿してそのままになっていた出版社の名前を告げた。

「えっ」

 驚いて声を上げる。編集者だと名乗った声が、「おめでとうございます」とにこやかに言った。

 だらだらと、汗が垂れてくる。本当に暑い日だ。

「ぜひ、弊社で出版させていただきたく、一度お打ち合わせを」

 なんと答えたのだったか。

 暑さと驚きで急に血の気が引いたような気がして、現実でふらりと体が倒れるのを自覚した。倒れ込む先は先ほどまで寝ていたベッドだったので、抵抗せず倒れ込む。「もしもし?」と、電話口がもう一度名前を呼んだ。

「あ……暑さでどっかおかしくなってるわけじゃないですよね?」

 思わず問うた。一拍置いて、ハハハハ、と盛大な笑い声。

 大丈夫です、本当ですよ、と、件の編集者が念押しするのを聞きながら、漸く「はい」と返事が出来た。


(20220413/00:00-00:15/お題:暑い作家デビュー)

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