010. それから二度と、開くことはなかった
家の近くに古い空き地があって、その空き地の向こうには、大きな屋敷が建っていた。
二階か、三階はあると思われる屋敷は、空き地の塀と屋敷の庭木に阻まれて全貌を見ることはできなかったが、遠目に見てもわかる古びた造りは、昼間でも不気味に感じる様相だった。
その、屋敷の、屋根にほど近い上の方の一に、黒い板戸のつけられた西欧風の窓があった。
屋敷の内部構造などは知らないが、あの高さならばきっと中から開けるのも難しいし、あの窓は一体何のためにあって、あの板戸は果たして意味があるのかと、通りがかるたびに不思議に思っていたのを覚えている。
普段はしっかりと閉じられた窓の板戸が、時折半分だけ開いていることがあった。
空き地の中にまで入って、屋敷の窓をまじまじ観察したことはなかったが、その窓が開いていると自然と私の目は吸い寄せられて、通り過ぎる間中、じっと屋敷の事を見つめてしまう。
あの位置の窓の、外側にある板戸が、開いている。
果たして誰が、どのようにして、何故? 当然、高い位置の窓なのだから、明かり取りの役目が主だろうとは思ったが。度々開く窓を目にするたび、不思議とぞわぞわ鳥肌が立つような、そういう薄ら寒さを感じていた。
それで、ある日の夜のこと。
バス停からの帰り道、いつもの通り空き地の前を通りかかった私は、行きがけにしまっていたはずの窓が開いていることに気が付いた。
その日は綺麗な満月で、恐ろしいほど美しい正円の月が町を照らしつけていた。夜の闇というほど暗くはなく、屋敷の外観もはっきりと目にできたほどである。
ぱっと目に飛び込んできた屋敷の窓の、右側の板戸。開け放たれた板戸のおかげで、屋敷の内部が少しばかり覗けるようだった。
普段は暗く、屋敷の中など覗き込めそうもないのに。
ゆらゆらと明かりが揺れて、窓の外に漏れ出ているようだった。決して暗くはないが、夜闇の中で揺れる光は相応に目立つ。
その、窓の中から。
ぬるりと白い、女の腕が飛び出した。
腕だけならば男女の別などわからないだろうに、何故か私は「女の腕」だと認識をした。女の腕が、窓からぬるりと伸びてきて、開け放たれた板戸を閉めようとうろつく。
思わず立ち止まって様子を眺めた。
窓の中から、もう一人分。今度は太い腕が伸びてきて、
瞬間、何かいけないものを見た気がして、私は慌てて視線を逸らした。
速足で屋敷の前を通りすぎる。
(20220412/00:00-00:45/お題:愛と死の窓)
揺らめく光に合わせて、白い腕も、太い腕も、全く影のなかったことに気が付いていた。ぬるりと伸びた腕が、果たして本当に板戸を閉めようとしていただけだったのか、否か。
なんとなく、あのまま見つめていけはいけないような気がして。
その日は一つの明かりも漏れないように、カーテンをぴっちりと閉め、何度も戸締りを確認してから床に就いた。
それで、その日からあの空き地の前を通るのをやめてしまった。
ただ時折思い出す。あの時見た二本の腕と、あの、古い板戸のついた西欧風の窓と、不気味な屋敷の情景を。
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