007. 読まず嫌い
「はぁ!? なんてひどいことを言うんだ、この女!」
読んでいた小説に向かって思わず暴言を吐いて、無駄とわかっていながら画面の中を睨みつけた。
プロアマ問わず、自由に小説を投稿できるサイトで、たまたま目に入った小説を読み始めたのが運の尽き。大して面白くもないのに、主人公の母親が主人公に対して暴言ばかりを吐いている。いっそ暴言のためだけの小説と言ってもいいくらいだ。小説、と呼ぶのもおこがましいかもしれない。
ダメだの、出来損ないだの、ひどい言葉ばかりが並んでいるのが見ていられなかった。
お話の展開の中でそういう暴言が扱われるならまだしも、その小説は前後の描写もなく、ただワンシーンを抜粋したような体裁で、母から子への罵倒が書き連ねられているのだ。
「全く、こういうのを書く人の気が知れない」
それで、腹立たしく読むのをやめた。画面を閉じて気を落ち着かせようと、温かい紅茶をいれに向かう。ずっとウェブ小説を読んでいたから、すっかり体中が凝ってしまった。
紅茶を入れて戻ってくると、テーブルに置きっぱなしのスマホを妹が覗き込んでいた。見れば、消したはずの画面がぱっと明るくなっている。
「何人のスマホ見てんの」
何とか鎮めたはずの苛立ちがまたふつふつと湧いてきて、自然と声は棘があった。はっとした妹が顔を上げると、「ごめんごめん」と慌てて手を振る。
「アラーム鳴ってて、煩かったから止めたの。そしたら画面見えちゃって」
言い訳のように言い募る妹は、スマホの画面を指さして「これ、最後まで読んだ?」と問う。
アラームについては心当たりがあったので、ぐっと苛立ちを抑えて端的に答えた。
「読んでない。あんまり腹が立ったから」
「どうして?」
「だって、ストーリーも何もなしに、ただ母親が子供を罵るだけじゃない。破綻しすぎてる」
続けると、妹は「ふぅん」と顔をにやつかせた。
「短いんだし、最後まで読んでみなよ。なんで罵ってたのかわかるから」
それから、妹はキッチンの方に向かっていった。「お湯残ってる?」と聞かれたので、それには「残ってない!」と返事をした。
さて、もう一度あの小説を開くのは腹立たしいが、妹がそう言う話が少しばかり気になった。妹はあまり読書をする方ではないが、たまに面白い小説を見つけてきてはシェアしてくれるのだ。はっきり「面白い」とは言わなかったので、妹の中の評価的には多分中くらい。でも勧めてきたからには、単に罵倒するだけの話でもないのだろう。
「仕方ない」
もう一度スマホに向き直る。
画面が一番上に戻っていたので、仕方なく、最初の一分から読み進めることにした。
――「何度見てもあなたはダメね、」
子を罵倒する母は、不可解な動きで子供の事を否定していく。それから。
「あっ」
本当に短い話だった。最後まで読んで息を呑む。
あれは単なる罵倒ではない。母は絵描きで、子供は母の描いたイラストだった。
(20220409/11:30-11:45/お題:犯人は絵描き)
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