006. 祈るような気持ちで、

 誰が彼を止めることが出来るのだろう。

 敵の肉体に剣を突き刺した時、銃でその頭を撃ちぬいた時、味方の亡骸に縋りついた時、ふと脳内に過るのはそんな疑問だった。

 誰が彼を止めることが出来るのだろう。

 彼の力は決して強大ではなかったけれど、彼の剣は美しかった。彼は須らく弱者を救い、民のために奔走した。寝る間も惜しんで戦いに明け暮れて、困窮している地域には物資と仕事を与え、部下よりもまず自分が動くような、そんな男だった。

 彼を止めることが出来る唯一の人が亡くなって久しい。

 穏やかな笑みを浮かべ私たちを労う彼女は、聖母のように美しく、暖かで、慈悲深い方だった。自ら紛争地域を回られて、民の支援を行い、負傷兵の看病をした。あの時救護テントに落ちた砲撃は、あまりにも惨く、あまりにも非人道的な一発だった。

 亡骸さえ見つからなかった彼女の事を、きっと今でも探しているのではないか、と、そんなことを思う。戦場でぐるりと周囲を見渡すあの眼差しは、敵兵ではなくきっと彼女を探しているのではないか、と。

 それでも彼は、怒りに、憎しみに、悲しみに任せて敵国を蹂躙しようとはしなかった。

「民に罪はないのだ」

 口癖のように告げる言葉が、生前彼女がよく言った言葉だと知っている。

 誰が、彼を止めることが出来ようか。

 きっとできやしない。少なくとも、私にはできそうになかった。これは彼の、彼なりの、彼女への追悼で、それはきっと、信仰に違いなかった。

 剣を振る。敵の首が跳ねる。銃を撃つ。敵の頭が飛ぶ。

 私は、私たちにできることと言えば。

 猛進する彼に従い、彼を信じて、彼を支えて道を開くのみなのだ。腕を振る。味方が何人倒れようとも。剣を持つ。何人殺したか数えきれなくなったとしても。

 彼が止まることが出来ないならば。

 私たちもまた、止まることなどできないだろう。ただ、いつか立ち止まるその日が来た時に、彼に穏やかな心が残れば良いと思う。

 そのためにこの身を投げ出すことなど苦ではないし、そうしてまた一つ、彼の礎になるのなら、それこそ本望なのだった。


(20220408/00:30-00:45/お題:美しい信仰)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る