005. かなしみの狭間

 冬の朝は好きだったはずなのに、今日のような重い雲が空を覆う日は、どうしたって気持ちがどんどん沈んでいく。澄んだ冷たい空気も、普段なら清々しく感じるものを、今はただ、肌を突き刺すばかりで煩わしい。

 寒さを紛らわそうと着込んだコートの襟をぐっと握りしめていた。マフラーを持ってきそびれたのは、急いで出てきてしまったからだ。せめて、雲のない晴れた空ならよかったのに。

 朝の七時。まだ出かけるには早い時間で、本当はもう少し家でゆっくりしていたかった。実際そのために少し早く起きたのだし、結局、早く家を出ることになってしまったけれど。

(彼女と一緒にいたくなかったから)

 リビングで見た彼女の表情を思い出す。決して怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。第一、彼女は“このこと”には無関係だ。私が誰と、どのように過ごそうが、彼女にはきっと関係がない。

(しょうがなかった)

 彼の手を取ったのは私で、それを願ったのも私だ。私たちは共犯者だった。一番大切な人と共に生きることのできない苦しみを、唯一分かり合える理解者でもあった。傷の舐めあいと言われればそれまでで、きっと、だから彼女はあんな顔をしたのだろう。

(でも、しょうがなかった)

 まるで言い聞かせているみたいだ。駅に向かう足は自然と早くなった。彼と付き合うことを口実に、私は今日も、あの子に会いに行く。あの子を交えて三人で出かけようとする私たちを、あの子は「デートに妹を連れまわすなんて、デリカシーないんだから」と笑うけれど。

 “私たち”はきっと今の形が完成形だった。唯一絶対の、途切れのない円環みたいに。


――きっと、きっと後悔するよ


 不意に彼女の声が耳に響いた。振り払うように駆け足で、駅の改札を通り過ぎる。近くを歩いていたサラリーマンが、私の急ぎ用に少し驚いた顔をした。

(そんなこと、わかってる)

 それでもきっと、どうしようもないこの感情の収めどころを、彼の代わりに彼女が与えてくれるわけでもなく。

 ああ、あれは多分憐れみの表情だったのだと理解する。凪いだ海のように静かに、どこか優し気で、ぞわぞわと悪寒が走るような。

 やってきた電車に飛び乗った。

 目的地にたどり着けば、きっと彼が同じように待っている。それで、あの子を間に挟んだ私たちは、どうしようもない幸せと、どうしようもない悲しみに打ちのめされて笑うのだ。


(20220408/00:15-00:30/お題:彼女と哀れみ)

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