002. 雨が降ったから、

 ぱたぱたと窓を雨が打っていた。

 朝はからりと晴れていたのに、薄い雲が空を覆い始めたのはほんの少し前のことだ。切ったばかりの携帯電話を握ったまま、ぼんやりと外の様子を窺う。ぱたぱた、ぱたぱた、緩やかな雨は決して土砂降りではなかったものの、傘のないまま歩くには少しばかり苦労しそうな雨だった。

 先ほど聞き終えたばかりの声が不意に蘇る。駅からもう少しだと言っていた。急にアイスクリームが食べたくなって、いつも食べるバニラのやつ、と強請ったのは自分の方だ。苦笑混じりの声が「しょうがないなあ」と了承するのを聞いていた。

 雨は降っているものの。

 空は少し高く見える。だからきっとにわか雨で、すぐに止んでくれるだろう。駅近くのコンビニならばきっと傘もあるはずで、心配せずとも濡れずに帰ってくるに違いない。

 思えど体は自然と窓の近くによって、ひやりと滲み出るような冷気が肌をなぞった。寒い、と、急に思い出して身を引く。

 そういえば、朝の天気予報ではこの冬一番の冷え込みだと言っていた、のを、思い出す。

 温暖なこの地域で降雪はないものの、風は強く気温が低い。思い出せば、さみぃ、さみぃ、と文句を言う声が聞こえたようだった。部屋に入ればすぐに暖まれるように、空調は整えているけれど。

(迎え、行こうかな)

 どうしようかな。寒いかな。濡れてるかな。

(傘、買ってるかな)

 うろうろと所在なく腕をあげて、また下げて。いっそ雨が降ってるから迎えに来いと、連絡が来たら行くのだけれど。

(自分から行ったら、ちょっと恥ずかしい、ような)

 知らず、ぐっと眉間に皺が寄った。普段であれば、すぐに「跡になるからやめな」と指が伸びてくるところ。腕だけではなく体もうろうろ動き始めて、やがてコートを手に取ったので、なんとなく、後ろめたいような、照れ臭いような気持ちに蓋をする。

(迎えに行って、止んだらどうしよ)

 それはもっと恥ずかしい、なあ、なんて。

 考えぬふりをして傘を取った。二本分。

 それから少し考えて、一本戻す。今日はこの冬一番の冷え込みらしいので。

(止んでたら肉まん買ってこよ)

 それで二人で分けて食べよう。決めたら急なにわか雨、も、悪くはない気がした。


(20201223/23:49-00:04/お題:寒いにわか雨)

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