即興小説
佐古間
1-20
001. プディングとグレースーツ
きちんとスーツを着てくるように、とは、この仕事を始めて最初に先輩から言われた言葉だった。
着ていいスーツはグレーかホワイト。ベージュとブラックはだめ。ワイシャツは白ならどんな形でもよくって、フリルが付いていてもいいし、襟が変な形だっていいし、襟がないブラウスだってもちろんいい。ただ、スーツには社章をつけなきゃいけないので、バッジをさせるように襟付きのジャケットがいいと思う、とはアドバイスされていた。
きちんとスーツを着てくるように、という言葉以外、特に他に決まりはない。定められた時間に集まって、定められた仕事をこなす。個人的には、スーツよりもTシャツとジーパンの方が動きやすいし、効率的な格好だと思うのだけれど、どうもそう言うわけにはいかないらしい。
「なんでスーツなんですか? しかも変な色のチョイスで」
一度先輩に聞いたことがあるが、「さあ?」と肩を竦めた先輩は、ちらりとボスの部屋を見やって、「趣味じゃない?」と適当なことを言っていた。ただ、趣味じゃない、と言われて「ははあ、なるほど」と納得してしまうくらいには、確かにボスは凝り性で、こだわりが強くて、それを私たちに強要してくるタイプなので、まあつまりそう言うことなのだろう。
仕事内容はその日ごとで変わる。仕事、と私はぞんざいな言葉を使うが、毎日の朝礼でボスは私たちに「君の今日の任務はこれ」と言って指示を出す。私の今日の任務は、美味しいプディングを作ること。うちのボスは甘党で、私の採用理由はデザート調理に特化しているからであった。
「プディングの方は大丈夫?」
今日の任務は「肉料理」の先輩が、私の任務書を覗き込みながら首を傾げた。プディングの材料は、崖下の森にウヨウヨと棲息しているが、少しばかり面倒な相手で一人任務は少し辛い。
辛いけれど、まあなんとかなるでしょう、と私は肩をすくめて見せた。
「たぶん」
「たぶんかあ。頑張って」
もう少し気を遣って、「手伝おうか」と言ってくれても良いと思うが、先輩は応援してる、と適当なことを言うともう部屋を出てしまった。先輩の任務は先輩の任務で、「肉料理」なんて大雑把な物なので、何を作るか自分で決めなければならないのが難しい。ボスの気分はその時々でコロコロ変わるが、こだわりが強いので気に入らないものが出てくると少しばかり不機嫌になる。完食はしてくれるけど、せっかく作ったものを不機嫌に食べられるのは少しばかり落ち込むだろう。
とはいえ、私のプディングだって簡単な料理ではない。気を入れ直して任務を行うことにした。
はるか昔、食材ショック、と呼ばれる大規模な食材による食材のための反逆、が起こる前は、食材は大人しかったし、こちらに襲い掛からなかったし、もっと言えばすごく細かく分類されて、ひとつひとつたくさん手を加えて調理しなければならなかった、らしい。
食材ショックが起こったのは私が生まれるうんと昔のことなので、当時の文明がどの程度のものだったのかはわからない。ただ、起こってしまった出来事によって、食材は食材同士で合体して、融合して、意思を持って、人類に反逆をした。
といっても、特に大したことではない。
元が食材――といっても、その「元」を私は辞書でしか見たことがない――なので攻撃力などほとんどないものが多かったし、当時の人類の戦術で十分対処できていた。
やがて人類文明が一旦リセットされて、今の文明が築き上がるまでの間、食材モンスターは一定の進化を遂げてしまったけれど、戦力としてはまだまだ人類の方が上である。
プディングの材料になるのは、崖下の森に棲息するスライム状のモンスターだ。群生していて非常によく見かけるモンスター。プディング以外のデザートにもよく使われるモンスターだが、物理攻撃を受け付けないので少しばかり対処が厄介。
ボスが望むプディングの大きさをイメージしながら、森に入ってスライム状のモンスターと対面する。モンスターの種類は数多いけれど、特に名前をつけてまとめられたものはない。
不思議なことに、今世の人類はいささか面倒くさがりが多かったようで。斯くいう私も特にそれで不便を感じていないのだけれど、出来上がった料理に必要なモンスターの特徴さえあれば、それで十分だと判断されてしまったのだろう。食材ショック直後は、「〇〇と〇〇の食材が融合」なんて表記がされていたらしいけど、今は「プディングの材料、スライム状」としか書かれていない。ちなみに、プディングの材料になるスライム状のモンスターと、スライムは別のものだ。見分けが難しいけれど、まあスライムを倒してしまっても感謝されることはあれ苦情がくることはないので問題はない。材料はまた狩ればいいだけなので。
物理攻撃が効かないので、電撃武器を用いて電気を流しながら攻撃をする。こういう時、スーツで動くのは少し、いや、かなり疲れてしまうのだ。スライム状のモンスター、の、体液だのなんだの、飛び跳ねると手入れも大変だし。
必要数のプディング材料を集め終わる頃には、着ていたグレースーツの裾はすっかり泥に塗れてしまって、私は小さくため息を吐いた。ホワイトのスーツだと汚れが大変目立つので(特に肉料理なんかは!)、私たちは結局全員グレースーツだ。巷で「グレーの組織」なんて呼ばれているのを知っている。
食材を集め終わったら職場に戻って調理をする。プディングは蒸し料理なので、少し時間が余るのが幸いだった。
完成したプディングは帰路で見つけた果物のモンスターを狩れたおかげで、バナナを入れたバナナプディングだ。蒸しだけで作ったので今日は少し蒸しパンぽい。
調理中、暑くなって脱いだジャケットも、部屋に戻るときはきっちり着込まなければならなかった。趣味、と言われれば仕方ないのだけれど。
「あ、ちゃんとプディングできてる」
部屋の前で先輩と遭遇した。先輩の手には見事なサーロインステーキ。ほかほか湯気をあげていて、焼き上がり直後、といった様子。私は「美味しそうだなあ」と思いながら、「先輩も無事できてよかったですね」と頷いた。
その、先輩はグレースーツの至る所を真っ赤に染めていた。肉料理の材料は、かつて家畜だった動物、というもののモンスターらしいので、攻撃的なものが多いのだ。ついでに、こちらが攻撃すると赤い液体がばしゃばしゃ出てくるものが多い。私がデザート調理特化なのは、デザートに使われるモンスターは、そういう赤い液体がバシャバシャ出てくる系が少ないからだった。どうも、ちょっと、引いてしまう。
真っ赤になった先輩ははあ、とため息を吐きながら自分のスーツと私のスーツを見比べた。形は違うが、同じグレーである。並んでみると汚れ具合がよく見える。
「これ、また次着る時までに手入れしなきゃいけないの、こっちの方が重大任務よね」
げんなりとした顔で先輩が言う。
違いない、と頷きながら、泥汚れだって落とすのとっても大変なんだよなあ、と、私も肩を落とした。
ただ、まあ、ステーキとプディングはにこやかな笑みのボスが美味しく平らげてくれたので、今日の任務は大成功、で、良いのだろう。たぶん。
(20201206/00:38-01:07/お題:私と任務)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます