第21話伊崎詩音ルート後編
大学の学食にて。
詩音は友人達の言葉に勢いよく振り向いた。
「彼氏!?」
「あははぁ、すまん! いや、昨日、独り身を卒業しちゃって」
ロングヘアの友人が両手を合わせる。金髪の友人は苦笑を浮かべている。
「じゃ、じゃあ今日の花火大会は」
「彼氏と行きますので」
詩音はぷるぷると震えながら金髪の友人へ視線を向ける。
「そもそもいるからー」
詩音はがっくりと肩を落とした。
「酷いよ……いきなりそんな」
「あー、ほら、夏祭りは友情を取るから! 花火の初デートとかロマンチックでしょ?」
「良いよ、もう別に。はぁ……。夏祭りは絶対だよ!?」
「わかったわかった。でも詩音さ、今日告白して菅谷君と行けば良くない?」
詩音はびくっと体を揺らすと、顔を真っ赤にした。
「な、なんで奏ちゃんが出てくるの」
その様子に二人は顔を見合わせる。
「へぇ、ついに詩音がねぇ」
「頑張って」
背中を叩かれると、二人は去って行った。
「気になるようになったのは二人のせいなんだよ」
詩音は冷麺を完食し、息をついた。この辺りで花火大会はビックイベントだ。奏介も誰かと行くのだろう。
「もしかすると女の子と」
奏介が浴衣姿の女の子と歩いているところを想像してしまい、首を振る。
「別に奏ちゃんが女の子と花火行こうとわたしには関係ないし」
食堂を出ると、太陽の光がキツかった。
「はぁ……」
手で目を覆いながら太陽を見上げる。
「きっと、彼女が出来たら奏ちゃんの特別扱いは彼女さんになるんだろうな」
何せ、自分はただの幼なじみなのだから。
「あの時、約束しておけば良かったんだよね。なんで、あんなこと言ったんだろ」
思い出すのは小さい頃の、将来を約束する思い出だ。結婚しようなんてベタなセリフは言えなかった。
その時の自分の気持ちは思い出せないが、照れ隠しだったのだ。
「しお」
聞き慣れた声に慌てて振り返る。
「もう帰る?」
奏介だった。
「あ、う、うん」
「そっか。俺も」
一緒に帰ろうなどという確認はいらない。そのまま歩き出した。
「どうした? なんか顔赤いけど。熱中症?」
「あ、えと、ちょっと日に当たりすぎてるだけ。今日暑いし」
「確かにな。冷房の部屋から出ると余計キツいな」
今日の花火大会について、聞いてしまおうか。詩音がそんなことを考えていると、
「あ」
何かを思い出したように奏介がスマホを見た。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと。悪い、先帰ってて。最近入ったサークルの集まり忘れてた」
「え、あ、うん」
奏介は大学とは別の方向へ去って行った。
その背中を見送りながら詩音はため息を吐いた。
「一人で行こうかな」
ぼんやりとした提灯の明かりと賑やかな人の声。屋台が並び、香ばしい匂いが辺りに広がっている。空には華が開いていた。ドンドンという音は耳に響くが、心地よい。
詩音は浴衣を着て一人、歩いていた。時おり空を見上げては花火を観賞する。
「悪くはないかも」
少しだけ食欲がわいてきた。
と、その時。
「あははっ、わーいっ」
前方から走ってきた男の子が思いっきりぶつかってきたのだ。しかも反動で尻餅をついてしまう。
「あ、大丈夫?」
男の子は泣き出してしまった。
「うああんっ」
母親らしき女性が走りよってくる。
「もう、危ないって言ったのに」
「このお姉ちゃんがあぁ」
指を指され、詩音はビクッとした。
「……ちょっと、あなたが突き飛ばしたの?」
「へ? いや、その子がぶつかってきて」
「謝りなさいよ。うちの子泣かせておいて」
「え、あ、ごめんなさい」
「申し訳ないと思ってないでしょ?」
そう言われ、もう一度謝罪の言葉を口にした時、
「見てましたけど、その子がこいつにぶつかってきて尻餅をついたんですよ。その言い方はないんじゃないですか」
「!」
隣に並んだのは奏介だった。
「あ……」
「はぁ? だから何。怪我したら」
「保護者って言葉知ってます? 子供の安全を守るのは親の仕事でしょ。こんな人混みの中走らせておいて、人にぶつかったからってその人を責めて、何を考えてるんですか。なんで走らせたんですか。そういう責任逃れをするのは親として失格です。まずは子供に走るなと叱るのが先でしょう」
回りにした大人達が奏介の言葉に同調する。
「確かに……そうだよな」
「危ないよね、走ったら」
「それでキレてるし」
すると母親は、表情を歪めると、
「行くわよ」
子供を抱っこして、この場を去って行った。
「……しおは怪我してない?」
「あ、うん。それよりなんで奏ちゃんは」
と、浴衣姿の女性が歩み寄ってきた。
「菅谷君、どうしたの? 急に」
見知らぬ人だった。
「あぁ、知り合いが今」
ぎゅっと胸が締め付けられた。見たくない。聞きたくない。
詩音は駆け出した。
「あ、しお」
「ごめん、帰るね」
走って、走って近くの公園の前で立ち止まった。
「はぁはぁ」
やはり奏介には彼女がいたのだ。見てしまった。間違いない。
「奏ちゃん……」
脱力してしまう。少し寂しいが仕方のないことだ。
「はぁ」
「しお」
「! え」
息を切らした奏介が立っていた。
「な、なんで」
「いや、サークルの先輩達に断って戻ってきたんだ。様子が変だったから」
「……」
「サークル……」
「サークルメンバーで花火大会だったんだよ。ほんと、どうした。最近おかしいぞ」
詩音はうつむいた。奏介は自分のために追ってきてくれたのだ。
「……奏ちゃんさ、昔の約束覚えてる? ほら自分達の子供をってやつ」
奏介は眉を寄せる。
「確か、お互い結婚して子供が出来たら結婚させようとかいうあれか? わけのわからない」
「恥ずかしかったんだよ」
奏介の言葉を遮った。
「言えなかったんだ。将来、結婚してくれる? って言えなかったの」
恐らく、顔は真っ赤だろう。しかし、奏介の目をまっすぐに見る。
「わたし、奏ちゃんが好きだったみたい」
「え」
奏介の頬も少し赤くなった気がした。
「奏ちゃんは? わたしのこと、やっぱりただの幼馴染だって思う?」
「……」
「なんか、忘れてた。恥ずかしくて、そう思わないようにしてたのかも」
しばし沈黙がおりる。
「……俺は」
詩音は奏介に歩み寄った。
「わたし、奏ちゃんのこと好きだよ」
詩音は目を閉じて、正面から奏介に寄りかかった。
「ダメ?」
しばらくの沈黙の後、奏介が詩音に手を回した。
「いや。ダメなわけないだろ」
「ずっと幼馴染で……ううん。これからずっと、一緒にいてね」
「ああ」
奏介は詩音を強く抱き締めた。
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