第20話僧院ヒナルート12

 殴られた文治は慌てて実の父親である史周を見る。

「で、でも来栖との繋がりがあればうちの会社はさらなる事業の発展を」

「バカか、貴様。ヒナは一人娘じゃろがっ、優秀な婿を迎えて僧院を継ぐに決まっておろうっ」

「ヒナは娘だろ!? うちを継ぐなんて無理」

「!」

 奏介は眉を寄せた。どうやら考え方が古いようだ。反論しようとしたのだが、ヒナが無言で制した。

「おい」

 ヒナが父の前に立った。ゴミを見るような目で彼を見下ろす。

「ボクのことを考えての結婚ならともかく、都合の良い物扱いか? しかも同時に女性蔑視発言」

 ヒナは父の胸ぐらを掴み上げた。

「ほんっとに昔から変わらないよね? 和真のバカと仲良かったし、クズなのは間違いないけどさっ」

「なっ!? 父親に向かって」

 と、リビングのドアが開いた。

「ただいまー」

 ラフな格好の女性が買い物袋を持って入ってきた。ヒナと似た髪質、顔立ちはそっくりだ。

「……何してるの、皆で」

「おお、ミナさん、丁度良いところに」

「お母さぁん! お父さんがね、ボクに風俗で働いて家に金入れろって言うのっ、なんとかしてよ、この変態」

「!? 風俗に働けなど言っていないだろっ」

「似たようなもんじゃろ。手錠プレイ肯定じゃしな」

 気になるヒナ母、ミナの反応は。

 頬に手を当て、困ったように首を傾げていた。

「あらまぁ。またおバカなことを言ってお義父さんとヒナを怒らせてるの?」

 目が合ったので、奏介はしっかり会釈をしておいた。

「仕方ないわねぇ」

 ミナはヒナに近づいて、抱き寄せると、頭をなでなで。

「会社とか家のことには口出ししたくないけど、文治さんは頭が弱いんだから、もう少し考えて行動なさいな。この前も言ったでしょ? ヒナが嫌がることはダメよって。ちゃんとお話聞いてたの? 結局ヒナを怒らせてるんじゃない」

「うぐ」

「あのね、極力口を出したくないけど、人の気持ちを考えなさいな。娘を風俗とか頭おかしいでしょ? いくらスポンジみたいな脳みそしててもわかるでしょ?」

 柔らかい物言いなのに、内容な中々に鋭い。まるで切り刻まれているようだ。

「ふ、風俗にいかせるわけないだろっ」

「きっと比喩でしょ? それ相当のことをヒナに言ったんじゃないの?」

「さすがミナさんじゃな。」

 史周も認める優秀な嫁なのである。

「お母さんっ、ボクね、お父さんが決めた結婚相手に公共施設で襲われそうになったの! なんで受け入れなかったんだって言われたんだよ」

 ミナは驚くでもなく、ため息。

「文治さん……どうしてそんなに生ゴミ以下なの?」

「ぐ、ぐぐっ、こ、こいつを見ろっ、ヒナが連れてきた男だ。ヒナには見る目がないんだよっ」

 指を指されたので奏介はゆっくりと立ち上がった。

「公の場で女性を襲うような男を、実の娘の婚約者にする父親に言われたくないな。盛りのついた動物以下だろ、あんな男」

「なんだと!? 貧乏人が」

「……ヒナの彼氏ってこと?」

「菅谷奏介と言います」

 今度は深く頭を下げる。

「ふふん、この小僧は見所があるぞ。何しろ、あの来栖のバカ息子からヒナを助けたのだからな」

「まぁ、そうなの。状況が大体飲み込めたわ」

 ミナはため息を吐いた。

「文治さん、ちょっとこっちへいらっしゃい」

「ミ、ミナ。おれは会社のことを思ってやっているんだ。口を出すのは」

「それはわかっているけど、最初からお話を聞いてあげるからいらっしゃいな」

 そうして、文治はミナに連行されて、奥の部屋へと入って行った。

「菅谷君、ヒナをよろしくね」

 そう、言い残して。



 僧院家、玄関前。

「やはり見所がある。恋人の父親にあれだけ言えるのは凄いことよの」

「あまりにも酷かったですし、それに、ヒナが辛そうだったので」

「ふむ。またうちに来ると良い。それにしてもうちのバカ息子をどうにかせんといかんな」

 史周がふんと鼻で息を吐いた。

「じゃあ、気を付けてね、奏介くん」

「ん? まだ時間が早いじゃろ。気晴らしに遊びにでも行ってこい」

 奏介とヒナはお互い顔を見合わせる。

 お言葉に甘えることにした。


 

 並んで駅の方へ向かう。

「なんかさ、高いところ行きたい! 綺麗な景色見てスカッとしたいなっ」

「そうだな、じゃあ、桃咲の方まで行こうか」

「良いね、あそこ桃咲タワーがあるもんね!」

 桃咲駅周辺は大都市と言っても過言ではない。娯楽施設や商業施設で溢れ返っている。

「楽しみだなぁ」

 と、奏介がヒナの手を握った。

「ほわっ!?」

 反射的に奏介の顔を見てくるヒナ。顔が微妙に赤くなった。

「ど、どしたの。急に」

「色々言われたけど、大丈夫か?」

「え、あ、うん。おじいちゃんもお母さんも、何より奏介くんが味方してくれたから」

 奏介はふっと笑って、手を離した。

「そっか、よかった」

「あ、あのさ」

「ん?」

 今度はヒナが奏介の手を握る。今度は顔が真っ赤だ。

「誰かとすれ違うまで、良いよね?」

 上目遣い。

 奏介は頷いて、手に力を込めた。

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