第19話高坂あいみルート後編
奏介はあいみの真っ直ぐな視線にたじろいだ。約束のことはもちろん、覚えている。しかし、十年も前の話だ。
「えーっと……あいみちゃん……同級生に好きな子とかいないの?」
苦し紛れに聞いてみる。いないからこそ、ここにいるのだろうことは分かっている。どう断ろうか考えるための時間稼ぎだ。
「いない。奏介君と約束したから。わたし、奏介君のこと好きだよ」
直球な上、一途だった。
「いやぁ、あのね……」
しばし考え込んだ奏介は肩を落とした。
「ちょっとそこら辺のお店入ろうか? いつみさんに連絡出来る?」
「うん」
あいみはスマホを取り出し、メッセージを打ち始める。
(俺からも連絡しとくか)
奏介はあいみを連れて、そばのファミレスへと入った。今日は夕飯を奢ることにする。
「好きなの頼んでいいよ」
向かい合ったあいみはじっとメニューを見つめ、
「グラタン、良い?」
「良いよ」
奏介はハンバーグステーキにすることにした。
とりあえず、近況などを話し合う。未だにいつみと暮らしているものの、時々母親に会いに行くらしい。
「そういえば、伯母さん結婚するの」
「え、そうなんだ」
あいみはこくりと頷く。
「その内、奏介君にも連絡行くと思う」
「へぇ。いつみさんが。でもよかったね。あいみちゃんは、ちょっと複雑だろうけど」
あいみは首を横に振る。
「わたしのこと気にしてたから、しちゃった方が良いよって言ったんだ。伯母さんの人生なのにわたしやお母さんのせいで台無しにしてほしくないし」
女子高生あいみはどこか達観した雰囲気がある。
「それで、いつみさんと住むの?」
「ううん。一人暮らし」
「え」
高校生での一人暮らしとは。
「伯母さんと旦那さんが住む部屋の隣に部屋借りて一人暮らし」
「……安心だね」
いつみが簡単に一人暮らしを許すわけがないのだ。
やがて頼んだものが運ばれてきた。
「いただきます」
あいみは手を合わせてから、スプーンを握る。
「それであいみちゃん、さっきの話」
「わかってるよ。奏介君を困らせるつもりはないから。ただ、ちょっと、覚えてるかなって気になったんだ」
約束だからと押し通して来ないところを見ると、あいみらしい。逆に期待していないくらいは言いそうだ。
「……あいみちゃんさ、友達と喧嘩でもしたの?」
「!」
あいみは相当驚いたのか、スプーンを止めた。
「え」
「あはは、当たり?」
奏介が笑うと、あいみは顔を赤くしてうつむいた。
「別に、喧嘩じゃ、なくて」
「何かあったの? 俺なんかで良ければ聞くよ」
あいみ、しばし沈黙。
「最近友達に初めて彼氏が出来たんだ。今日、帰りに買い物に行く約束をしてたのに彼氏と遊ぶからっていきなり断られたんだ。前からの約束だったんだよ」
「そっか」
話を聞く限り、いつみも仕事や結婚の準備で忙しく、気軽に相談出来るような状態ではないのだろう。
「まぁ、そういうこともあるよ」
と、あいみが不満そうに窓の外を見た。
「分かってるけど、なんか、男の人って好きじゃないな。わたしが大事にしてるもの、全部持って行っちゃうんだもん」
奏介は、はっとした。さらっと言ったが幼い頃から積み重なってきたあいみの不満は異性に向き始めているようだ。母親と不倫した上司や一緒に住んでた暴力虐待男はともかく、いつみの結婚相手や友達の彼氏などは、あいみにとっては親しい人の気持ちを奪っていく存在だ。
「あいみちゃん、これから遊園地でも行かない?」
「……遊園地?」
「ライトアップしながら夜遅くまでイベントやってるんだってさ」
あいみとはよく遊園地に遊びに行っていたので、嫌いではないはずだ。
「これから?」
「そう。無理にとは言わないけど」
あいみは少し考えて、
「良いの?」
「連れてくよ」
あいみの目の奥がきらりと光った。控え目だが、嬉しそうに笑む。
「うん、行く」
奏介はいつみに電話をすることにした。
一時間後。
日が落ちた遊園地の駐車場で、奏介とあいみはタクシーを降りた。
「ごめんね、買ってもらっちゃって」
あいみは制服の上から長めのパーカーを着ている。スカートも半分以上隠れるので、制服を着ている感じはしないだろう。
「良いよ。えーと、今日はあいみちゃんとデートだからね。こういう時は、男が奢るものなんだよ」
「デ、デート?」
奏介は動揺するあいみに笑って、
「行こうか」
「う、うん」
これから先、あいみには普通の人生を、出来れば優しい男性と結婚して幸せな家庭を築いていってほしい。異性に悪いイメージを持ってほしくない。もはやこの年齢になると親心が芽生える。
チケットを買って、中へ。
「ク、クリスマスみたい」
噴水広場や街路樹にはイルミネーションが施されている。
「綺麗だね。あのジェットコースターに乗ると一番高いところから全体が見えて感動するって。観覧車はさらに綺麗に見えるみたいだよ」
「……なんか、慣れてる?」
何故かあいみ、じと目。
「ん?」
「奏介君、何人もの女の人とここに来た?」
「いや、考えすぎだよ。大学時代の友達とかさ。詩音に聞けばわかるよ」
これは本当のことである。今でもあの七人とは仲が良いのだ。
「ふーん?」
嫉妬めいた視線を向けられると、何も悪いことをしていないのに動揺してしまう。
「ていうか、今は楽しもうよ。明日もあるし、長居は出来ないから」
「あ、うん。そうだよね。……明日が休みなら良かったのに」
楽しい時間はあっという間だ。ジェットコースターにメリーゴーランド、ホラーハウス、そして最後は観覧車。あいみの強い希望で帰り際に乗ることに。
徐々に小さな個室が高い場所へ近づいて行き、遊園地の全体が見え始める。
「うわぁ……!」
感動するくらい、綺麗なイルミネーションの飾り付けだった。
窓に張りついていたあいみはしばらくして、奏介の隣へ。
「もう半分過ぎちゃったね」
「うん、あっという間だ」
下に着くまで二分もなさそうだ。
「奏介君、今日はありがと。なんか凄く楽しい。最近は毎日同じようなことしてる気がしてたから」
今日だけは非日常だった。
「元気になったみたいで良かったよ」
「奏介君、ずっと優しい。初めて会った時から、奏介君は変わらないね」
「そう? 出会いはある意味強烈だったけど」
奏介は苦笑い。
「わたし、奏介が助けてくれなかったら死んじゃってたかも」
「いや、そんなこと」
「……あのね」
奏介の手にあいみの手が重なった。驚いてみるとあいみは頬を赤らめている。
「わたしね、男の人がちょっと苦手。でも嫌いじゃないよ。それは、奏介君がずっと優しくしてくれたから」
「え」
「さっき、言ったのは本当だよ。奏介君のこと、大好き。わたし、もう小さい子どもじゃないから、真剣に、考えてほしいの」
「……周りの環境のせいだよ。今だけの気の迷いじゃないかな」
「絶対違うもん」
肩を寄せてくるあいみ。手を強く握られる。
「!」
ふわりと良い香りがして、奏介はドキリとした。いきなり、彼女を女性として意識してしまった。
「いや」
「奏介君は、どう思ってるの?」
真っ直ぐに見つめられ、奏介は視線をそらした。
「わたしのこと、嫌い?」
「……そんなわけ、ないよ」
奏介はそっとあいみの肩を抱き寄せた。
「俺なんかで良いの?」
「うん。奏介君が好き」
奏介はあきらめたように笑った。
「わかったよ」
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