第18話須貝モモルート後編

 一週間後。

 モモは奏介と偶然会ったホームセンターへ足を運んでいた。夏バテに効くかはわからないが、飼っているウサギが気に入ったらしく、よく食べるのだ。

「あ、ここ」

 一度奏介に案内してもらったのでペットコーナーはすぐに分かった。今度は買いすぎないように慎重に選んで、どうにか片手で持てるくらいにまとめることが出来た。

 会計を済ませ、ホームセンターの入口へ向かう途中、ふと店内を見回した。

「……」

 なんとなく、彼の姿を探してしまう。また会えたらどんな話をしよう。

 会いたかった、なんて本音を言えるわけがないから、偶然ね、と素知らぬ顔で言うのだ。

「漫画みたいな妄想よね」

 苦笑を浮かべたモモだったが、

「漫画?」

 聞き慣れた声に慌てて振り返る。

「……どうした? 変な顔して」

 奏介が立っていた。

「す、菅谷君、なんで」

「ん? 先週と同じだよ。講義終わったからぶらぶらしてから帰るんだ。水曜日は午前までだからな」

 いわゆる時間割の関係で毎週水曜日のこの時間はこのホームセンターにいる確率が高いのだろう。

「そっか」

「またウサギのエサか?」

「美味しいみたいで、食べが良いの。今日は持って帰れるように選んだのよ」

「須貝は偉いよな。学習能力がない橋間とは大違いだ」

 今でも奏介とわかばの関係は変わらない気がする。言い合いをしているものの、端から見たら仲が良いカップルそのものだ。

 と、メッセージアプリの着信音が鳴った。

「! あ、ごめんなさい」

「ああ、別に」

 父親からのメッセージだった。珍しく長文であり、あまり喜ばしくない内容だった。

「何かあったのか?」

「……菅谷君、ちょっと話聞いてくれる?」

 このまま一人で帰ると、思い悩んでしまいそうだ。




 どこかでお昼をと思ったのだが、結局モモの自宅で話を聞いてもらうことになった。

 先週と同じようにアイスティーを作っていると、奏介がウサギを膝に乗せて背中を撫でていた。

「大人しいな」

「撫でられるのが好きなのよ。普段は結構活発で、ゲージに体当たりするし」

「この前は確かにそんな感じだったな」

 モモはアイスティーのグラスを奏介の前に置いた。

「それで?」

「お父様からのメッセージで、今度、お金持ちの人達が集まる、パーティーに出てほしいって言われたの。招待状が二枚あるからって」

「へぇ、パーティー。ん? あの非常識娘はどうしたんだ」

「そのイリカさんが大学のサークルの合宿で行けないらしいの。招待状が届いた後での欠席は招待者の人が良い顔をしないそうなのよ」

「ああ、代わりに行くってことか」

 モモはうつむいた。

「お父様には良くしてもらってるけど、正直行きたくないわ。お金持ちの世界はわたしの居場所ではないもの」

「まぁ、そうだな」

「招待状一枚で本人とあと一人連れていけるらしいんだけど」

「……ん?」

 父の説明に寄れば、招待状が一枚あれば本人ともう一人同行者を連れて行けるらしい。例えば、パーティの直前に婚約が決まり、招待者に紹介したいなどの事情に対応している。

「あの、菅谷君、もしよかったら」

 奏介は困ったように笑っていた。モモははっとして、

「あ、ご、ごめんなさい。さすがに嫌よね。何考えてるのかしら、わたし」

 高校時代からずっと頼りっぱなしだった。悩みも聞いてくれたし、時には解決に動いてくれた。だからこそ、つい無茶な頼みをしてしまった。

「須貝」

「!」

 いつの間にか下げていた顔を上げる。

「俺がついていけば、気持ち的に楽なのか?」

「え……それは」

 そんなの当たり前だ。彼が一緒ならどんな場所でも安心できる。

「まぁ、俺は構わないけどな。須貝が来てほしいって言うなら、良いぞ」

「ほ、ほんと?」

「ああ、ただ、どういう服装で行けば良いのか見当つかないからその辺任せるぞ。良いか?」

「え、ええ。もちろん。次の金曜日の夜なの。あの……よろしくお願いします」

 



 金曜日、夜。

 パーティー主催者の所有する洋館、大泉(おおずみ)邸のホールにて華やかな夜会が開かれていた。

 共に来たモモの父創玄とは入口で分かれ、一足先に会場へ。

「おお」

 奏介は声を漏らした。天井にはシャンデリア、赤い絨毯が敷かれ、高そうな壷や彫刻などが飾られている。入口で自ら迎えてくれた主催者の大泉氏は自分のことを西洋かぶれと揶揄していたが、ここまでくるとこだわりが凄い。

 どうやら立食パーティらしい。

「……初めてじゃないのに緊張する」

 そう呟いたモモはネイビーのドレス姿、奏介は用意してもらったスーツにシャツ、ノーネクタイスタイルだ。

「緊張……あ、俺が来なくても大丈夫だったかもな」

「え?」

 奏介の視線を追うと、

「二人ともー!」

 ヒナが手を振りながら歩み寄ってきた。金色のドレス姿だ。

「ヒナ、なんで……って当たり前よね」

「あはは。ていうか、二人してどしたの?」

 本物のお嬢様は不思議そうに首を傾げる。

 軽く事情を説明することにした。

「あーそうだったんだ。二人とも慣れなくて大変だよね」

 こんなにも頼れる存在がいるとは思わなかった。

「とりあえず、何か食べようか? あと、そこにボクの友達いるから紹介するよ」

 ヒナに言われるまま料理を取りに行き、

「! もしかして、菅谷君?」

 ヒナに紹介されたのはいつか会ったことがある野久保つかさだった。高校のころよりスリムになっている気がする。

「元気やった? 須貝さん」

「ええ、野久保さんも元気そうね」

 と、つかさの視線が奏介へ行く。

「久しぶり。元気だったか?」

「おかげさまで。ほんまに菅谷君とは久々やな」

三人の会話が弾むのを見て、モモはふっと緊張を解いた。知り合いがこんなにもいるというのは安心感が強い。

 しかし、

「イリカさんが来られないのは知っていましたけど、アレはなんなのでしょうね」

「ほんとうに、汚らわしいわ」

 どきりとする。横目で確認すると、イリカと一緒にいるところを見たことがある令嬢達だった。

「……」

 イリカとの関係は冷戦状態だ。モモ自身、歩み寄る気などまったくないし、お互いに避けている。しかし、友人にはモモのことをあることないこと言っているのだろう。

「よく恥ずかしげもなく」

「料理目当てじゃないですか? ほら、貧乏人らしいですし」

 言われても仕方ない。この場はモモの居場所ではないのだから。

と、その時。

「よく恥ずかしげもなく話したことのない相手の悪口をこそこそこそ言えるよな」

「ほんとにねー、文句あるなら言ってこいっての」

「こんな華やかな場所まできて他にやることないんやろか? 料理食べるより悪口て。感覚疑うわー」

 奏介、ヒナ、つかさのそれぞれの嫌味に驚いた令嬢達は顔を歪ませると、慌てた様子でどこかへ逃げて行った。

「言い返してこないね! 雑魚かな?」

「雑魚やなぁ」

 モモは拳を握りしめた。

「モモ? 大丈夫?」

 ヒナの声にモモは歩き出した。

「皆、ありがと。ごめんなさい。ちょっと一人にして」

 ホールを出ていくモモ。

「気にしないで……って言うのは無理だよね」

 ヒナが言う。

「ちょっと行ってくる」

「あ、うん。モモのことよろしくね」

 奏介はモモの後を追った。



 モモは広い中庭に来ていた。酔いを覚ましている客達が数人、街灯の明かりと所々にベンチが置かれている。

「……」

 モモはふらふらと近くのベンチに座った。

「わたし、変わってないわね」

 自分ではまったく言い返せなかった。

「須貝、大丈夫か?」

 見上げると、奏介だった。追ってきてくれたのだろう。

「ええ。さっきはありがとう。また助けてもらっちゃったわね。ヒナや野久保さんにも」

 明るく言ったものの、モモは涙を浮かべていた。

「わたし、一人じゃ何も言い返せないんだなって。ずっと菅谷君やヒナ達に守ってもらってる。ごめんなさい、自分に言われた悪口なのに」

 奏介は息をついて、隣に座ってきた。

「仕方ないだろ。誰にでも出来ないことはあるんだ。今更なんで言い返せないんだ? なんて言わないよ」

「……もしまた次、あんな風に言われてもきっと言われっぱなしになるわね。わたしらしいけど」

 奏介はため息を一つ。

「その時は俺が言い返してやるよ。それくらいのことなら須貝を守ってやるよ」

 モモはゆっくりと奏介の顔を見た。

「ほん、と?」

「ああ」

「……菅谷君、あのね。お願いがあるの」

「ん?」

 モモは小さく深呼吸をした。

「ずっとわたしのそばでわたしを守ってほしい。ヒナやわかばみたいにあなたと楽しくお喋り出来ないかもしれないけど、わたしはあなたと一緒にいたいってずっと思ってたの」

 予想外だったのか奏介が目を瞬かせている。

「いや、本気か」

 モモは顔を真っ赤にして、こくりと頷く。

「……俺なんかより」

「あなたが、菅谷君が良いから言ってるのよ」

 モモは体が震えるのを感じた。つい大胆に告白してしまったが、もし断られたら友人関係ごとなくなってしまう。

 奏介はしばらくモモの様子を見ていたが、息を吐いた。

「分かったよ。だから、そんな不安そうな顔するな」

 奏介が苦笑を浮かべていた。

「……良い、の?」

「須貝が俺なんかを選んでくれるって言うなら、断る理由がないしな」

 そういう彼の表情はどこか照れ臭そうだ。

 と、奏介がモモの手を握った。

「選んでくれるんだろ?」

「……ええ」

 モモは笑顔で、彼の手をギュッと握り返した。

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